深い村

「いやあ、すいませんねえ! いろいろ手伝ってもらっちまって!」

「いえいえ」


 村の中を案内しつつ、自分の仕事はきっちりこなす行商人さんは中々に顔が広かった。やはりそれなりにこの村の人々と付き合いがあるのか、取引を持ちかける口調が淀みない。相手の方も手慣れたもので、特に揉める様子もなく、サクサクと商談を進めていた。


「で、旦那たちが調達したいものは? 良い店ご案内しますぜ」

「うーん。いろいろありますね」


 本当にいろいろある。わりと軽装で出てきてしまったので、最低限の荷物を持ち運ぶためのカバンすらない。服装の方はまあいいにしても、最低限、徒歩での移動に耐え得る靴は欲しいし、水筒やら何やら、欲しいものをあげていけば正直きりがない。


「みんな、お金持ってる?」

「安心して。今日の宿代くらいは、ある」


 まず最初に師匠がそう言ったが、一日分の宿代はほぼないに等しい。


「あたしもあんまり持ち合わせがないんだよね。こんな辺境の土地じゃなければ、名前を出してみんなの支払いを持ってあげられるんだけど」


 と、いかにも育ちの良さと身分の高さを感じられることを言ったのは騎士ちゃん。こちらも持ち合わせには多少の不安あり、と。


「逆にお聞きしたいのですが、わたくしに持ち合わせがあると思いまして?」


 死霊術師さんがふふんと笑う。うん、もう黙っててほしい。


「赤髪ちゃんは」

「はい!」

「置いといて」

「置いてかれるんですか!?」


 だって赤髪ちゃんはお金持ってるわけがないからね。

 となると、もはや頼りになるのは一人だけである。


「あのさ、賢者ちゃん」

「やれやれ。まあ、こんなことだろうと思いましたよ。まったく誰も彼も、ちょっとした持ち合わせすらないとは呆れてため息も出ません」


 前置きがやたらと長かったが、黒のローブの下から、ずっしりと重そうな袋が出てきた。ここはもう賢者ちゃんに頼るしかないので、素直に手を合わせて拝む。仮面のせいで表情は見えなかったが、さぞかし濃いどや顔をしているであろうことは、簡単に想像できた。

 袋の重さを見て取って「あれだけ予算があるなら……」などと。騎士ちゃんや師匠相手にお店の説明をはじめた行商人さんに聞かれないように、賢者ちゃんが小声で言ってきた。


「ふふん。どうします? 勇者さん。このお金増やしますか?」

「やめなさい」


 賢者ちゃんの魔法は本人が認識したものをそっくりそのまま増やすことができる。それはコピーや幻といったレベルの話ではなく、まったく同じものを一瞬で生み出すことが可能だ。血が滴るような新鮮な肉の切り身であろうと、古ぼけた金貨であろうと、脂の入り方や傷の一つに至るまで。すべてが同一の本物が一瞬で手に入る。

 本物や偽物、という言葉すら適当ではないのかもしれない。賢者ちゃんがその手をかざした瞬間に、本物と偽物の区別は消えてしまうのだから。

 つまり何が言いたいかというと、賢者ちゃんの魔法は悪用しようとすればいくらでも悪用できるのでやばいということだ。そもそもお金を増やせる時点で、もう悪用の予感しかしない。


「何度も言わせないの。お金は原則、増やさない。宝石や美術品みたいな貴重なものも、特別な事情がない限りは増やさない。そういう約束でしょう」

「えー」

「えーじゃありません」

「勇者さんって、私の魔法にだけやたら厳しいですよね。騎士さんや死霊術師さんの魔法はいつも使い倒すくせに」

「賢者ちゃんの魔法がぶっちぎりでやばいから、いろいろルールを決めてるんです」


 事実、汎用性という観点からみれば賢者ちゃんの魔法の力はうちのパーティーの中でもずば抜けている。もちろん、魔法の強さにはそれぞれの相性の問題もある。例えば死んでも生き返ることができる死霊術師さんの魔法と、相手を殺さずに静止させることができる師匠の魔法は、まさに最悪の相性と言っても良い。なので、単純に誰の魔法が最強、などと簡単に決めつけることはできないのだが、それでも最も悪用されたらまずいのはどの魔法か?と聞かれた場合……それは賢者ちゃんの白花繚乱ミオ・ブランシュだと、おれは思う。


「勇者くん! あたしたちはとりあえず赤髪ちゃんとか死霊術師さんのお洋服見てきていいかな? 行商人さんが言うには、一番大きなお店がそこの角曲がってすぐにあるんだって!」


 騎士ちゃんに呼ばれて、おれは軽く手を振った。


「おっけー。了解」

「その間、旦那とおれは別の店に行きやしょう。武器の類いもご入用でしょうから」

「そうですね。お願いします」

「男二人でちょいとむさ苦しくなりやすが、まあ我慢してくだせえ」

「いえいえ。こちらこそ。お店はどこに」

「武器屋はちょいと下に降りたところにありやす。防具なんかもいろいろ揃ってて、穴場ですよ」

「いいですね。じゃあちょっと賢者ちゃんにお金借りて」

「ああ、お金のことなら気にしないでくだせえ。自分が建て替えるんで」

「え、いいんですか?」

「うまいメシの礼でさぁ。むしろそれくらいはさせてもらわねぇと」

「それなら、お言葉に甘えさせていただきます」


 では、ここからは別行動だ。


「じゃあみんな、またあとで」


 谷を掘り進めて開拓されているからだろうか。村の地下は中々に深そうである。ダンジョンに潜るみたいで、おれはちょっとワクワクしてきた。

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