勇者のわくわく野外クッキング・挫折編
「さて、それじゃあ本格的な調理に移りますか。騎士ちゃんお肉は?」
「捌いてあるよ」
「おっけー、ありがとう。うーん。やっぱ全員で食べるには少ないな……」
そう漏らした瞬間、食べ盛りの赤髪ちゃんの肩が目に見えて下がる。
しかし、ここで我慢させてしまうようでは、調理人としてのおれの名が廃る。
「安心して、赤髪ちゃん」
「え?」
「出すからにはお腹いっぱいに食べてもらうのが、おれの勇者メシ……この青空の下、大自然の中でみんなで囲む、おれの勇者ごはんのポリシーだ」
「呼び名どっちかに統一できないんですか?」
「というわけでよろしく賢者ちゃん」
「やれやれ。本当にこういう時は私頼みですね。あまり生肉には触りたくないんですが」
「あとでちゃんと手洗ってね」
「お母さんですか?」
ぶつくさと文句を言いながらも、やはり賢者ちゃんもお腹が空いているのは同じだったのだろう。
ぴたり、と指先が生肉にほんの少しだけ触れた。
瞬間、切り分けられた肉が増えた。
それもう、どっさりと。
「え?」
「何を呆けた顔をしているんですか? 私の魔法を忘れたわけじゃないでしょう?」
「いやほら、賢者ちゃんの魔法って触れたものをそっくりそのまま増やせるからさ」
「だからあたしたち、パンの一個でも確保できればひもじい思いをせずに済んでるんだよね。ほんと『
「ふふん。もっと褒め称えてください」
「賢者さん!」
「うわ!? ちょ、なんです!?」
がしっと。赤髪ちゃんが賢者ちゃんに思いっきり抱き着いた。
「ありがとうございます。本当にっ……ありがとうございます。賢者さんの魔法はっ! 最高です!」
「ふ、ふん! どうやらあなたもようやく私の優秀さが理解できてきたようですね。まあ、私に対する尊敬の念を忘れないのであれば……」
「本当の本当の本当に、ありがとうございますぅ!」
「いやちょっとなに泣いてるんですか? ちょ、鼻水ぅ! 鼻水出てます!? こっちくるな!?」
わちゃわちゃとくっつき始めた赤髪ちゃんと賢者ちゃん。そんな二人を見て、騎士ちゃんおれを横からつついた。頬が不満そうに膨らんでいる。
「なに。どしたの」
「……あたしの魔法の時と比べて、反応が違い過ぎる気がする」
「あー、うん。いや、ほら。赤髪ちゃんも食べざかりだしね」
「反応が違う気がする」
拗ねてちょっとぷくぷくしはじめた騎士ちゃんを宥めながら、調理を進めていく。
沸いた水に、適当に捌いた骨と肉を頭兜、というよりももはやただの鍋になってしまったそれにぶち込んでいく。いつの間にか師匠が採集していた香草なんかも加えてみて、いい仕上がりになりそうだ。
「とはいえ、やっぱ結構灰汁が出るなぁ。騎士ちゃん。手甲ですくってくれる?」
「なんなの? あたしの鎧を全身調理に使わないと気が済まないの?」
「勇者さん。お肉はなにで焼きます?」
「騎士ちゃん鎧の胸当て」
「ねえ!? あたしの鎧で全身調理する気でしょ!?」
「そうだよ」
「そうだよじゃない!」
「勇者さん。この鎧の胸当て、胸の部分に不自然で不愉快な盛り上がりがあって、なんだかとても焼きにくいです」
「それはがんばって」
「潰していいですか? どうせ元に戻るんでしょう」
「やめなさい!」
と、そこで死んでからほっとかれていた死霊術師さんが戻ってきた。
「あらあら、良い匂いがしてきましたわね」
「なんで服脱いでるの?」
「わたくし、やはり身嗜みには気を使いたいタイプなので、服は軽く洗ってきました。そこに川があったので」
「えぇ……」
先ほど死んでいた傷は完治しているが、死霊術師さんは当然のように全裸である。身体の前に垂れているきれいで長い黒髪がなければ、大事なところが丸見えになってしまうところだ。この死霊術師、あまりにも生まれたままの姿でいることに慣れすぎている。
「死霊術師さん。目に毒だから服着て」
「生憎ですが勇者さま。わたくしの身体に恥ずべきところなどありません」
「うん、ごめん。おれの言い方が悪かったね。目障りだから服着て」
「わたくしのナイスバディが、目障り……?」
「全裸だと危ないですよ。ほら、脂も跳ねますし」
「これはこれは、本当においしそうなお肉……あっづう!?」
ナイスバディの全裸の身体に、溢れんばかりの肉汁が跳ねた。とても熱そうだ。しかし、同情はしない。むしろ当然の報いである。
のたうち回っている死霊術師さんは放っておいて、おれは既に口元から涎という液体を分泌しはじめている赤髪ちゃんに声をかけた。
「どれどれ。ちょっと味見してみる? 赤髪ちゃん」
「いいんですか!? わたしが先にいただいてしまって!?」
「どうぞどうぞ」
「私たちはあなたほど食い意地が張っているわけではありまえんからね」
騎士ちゃんと賢者ちゃんも、すすっと肉の前を譲る。
「じゃあ、お言葉に甘えていただきます!」
あーん、と。
ばくり、と。
最初に焼けた肉を頬張った赤髪ちゃんは、ニコニコとその口の中で溢れる肉汁を堪能し、頬に手をあて、身悶えて喜びを露わにして、
「……勇者さん」
「うん。どうかな? おいしい?」
「あの、非常に申し上げにくいのですが」
「うん?」
「……あんまり、味がしません」
すん、と。虚無が極まる表情で、告げた。
あれだけ期待に目を輝かせていた瞳が。
あれだけおいしさを元気いっぱいに発露させてきた笑顔が。
一瞬で、溝川に漬け込んだ宝石のように、輝きを失ってしまっている。
「……」
あまりの己の愚かさに、おれは言葉を失ったまま膝から崩れ落ちた。
「そうだよ。塩ないじゃん」
全員が、絶句する。
厳密に言えば、地面で呑気にのたうち回っている死霊術師さんを除く全員が、絶句した瞬間だった。
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