勇者のわくわく野外クッキング

 さてさて。

 ひさびさに腕を振るわせてもらいましょうか。


「はい、というわけでね。今日はこの騎士ちゃんの頭兜を鍋にしてね。お料理をね。していきたいと思います」

「な、なるほど?」


 勇者さんクッキングのはじまりだ。助手は赤髪ちゃんである。

 まずは器の確保。川の水でざっと頭兜を洗っておく。うん。鍋にするのにちょうどいいサイズだ。


「ねえー、やめようよー。それあたしが被ってたヤツだよ? 絶対臭いよ」

「大丈夫。騎士ちゃん臭くないから」

「そ、そういうことじゃなくて……」

「なんで騎士さんは顔を赤くしているんですか?」


 賢者ちゃんが呆れた目で騎士ちゃんを見上げる。


「ええ、わかります。わかりますとも。わたくしもどうせなら在りし日の勇者さまの鎧兜を器にしてスープを飲み干したかっ……ぐべぇあ!?」


 武闘家さんが死霊術師さんを岩壁に叩きつけ、そのまま騎士ちゃんにパスし、騎士ちゃんもにこやかな笑みのまま死霊術師さんを叩きつけた。叩きつけた、というか、叩きつけ続ける。頭兜を被っていないので、振り乱れる金髪の間から表情がとてもよく見える。目が据わってる。超怖い。

 うーん。ひさびさに魚も食いたいなぁ……タタキにして安い酒でいいからくいっと一杯やりたい。


「まあ、大丈夫だよ騎士ちゃん。騎士ちゃんの鎧兜って展開する度に生成されてるんだから、むしろ一番清潔でしょ」

「うーん。それはそうなんだけど、でもなんかなぁ」


 気が済んだのか、タタキどころかすり身になっていそうな死霊術師さんを放り投げて、騎士ちゃんが腕を組む。死霊術師さんはもう動かない。ただの屍のようだ。


「そういえば、騎士さんの鎧ってどういう仕組みなんですか? いつも、いつの間にか着込んでますけど」

「えっへへ。この鎧は『夜支天鎧アトラスシルバ』っていってね。あたしが最後に手に入れた遺物装備なんだ」

「いぶつそうび?」

「ダンジョンの奥とか遺跡とかから発掘される、魔力が籠もった特別な道具の総称だよ。騎士ちゃんの聖剣とかもこれにあたるんだ。装備と契約して魔力的な繋がりを作るから、持ち主しか取り出せなくなるけど、その分メリットも大きい」

「な、なるほど」


 頷きながら赤髪ちゃんの髪の毛がぴょこぴょこと揺れる。ちょっと一気に説明しすぎたかな?


「じゃあ、賢者さんの杖とかも?」

「は? バカにしないでください。これはわたしが丹精込めて作ったお手製です」

「愛着、あるんですね……」

「賢者ちゃんは基本的に物持ちめちゃくちゃいいよ。鉛筆とかもすっごく小さくなるまで使い切るし」

「そうなんですね……」

「赤髪さんに余計なことばっか教えないでください」

「いてっ」


 長年愛用しているお手製の杖で、ケツをしばかれた。


「勇者くん。お肉は切り分けとく?」

「ああ、うん。いい感じに頼むわ。聖剣でこうずばっと」

「はいはい。そういえば勇者くん、自分の魔剣って今どうしてるの? まさか、捨てたり売り払ったりしたわけじゃないでしょ?」

「魔王にとどめを刺したあんな物騒なヤツ、普段から持ち歩きたくないよ。封印しておくに決まってるでしょ」


 具体的には、アレは今も元気に我が家の台所の下で漬物石をやっていることだろう。うーん、今回は数日しか家を空けない予定だったから、遠出の準備してないんだよな。今回漬け込んだ分の野菜はわりと自信作だったから、赤髪ちゃんにも食べてほしいところだ。隣のおばあちゃんに鍵は預けてあるから、ぬか床かき回しておいてくれないかな……

 とはいえ、今は絶対に食べられない漬物に思いを馳せるよりは、目の前の肉である。


「それではね。この頭兜にね。お水をね。張っていきたいと思います」

「でも、隙間からお水が漏れるんじゃ?」

「漏れないんだなぁ、これが!」

「ほんとだ! 漏れてないです!」

「なんとこちらの頭兜! 一度被れば、装着者の頭に合わせてジャストフィット! しかも魔力のシールドで完全防水! 吸えば即死するようなヤバイ毒の霧も一切通さない!」

「いやそれ呼吸できなくないですか?」

「ご安心ください。常に迅風系の魔術によって新鮮な空気をあなたにお届けします」


 商品も真っ青の渾身のセールストークで売り込んでいくと、赤髪ちゃんが頭兜を見る目が、何か恐れ多いものになった。


「……これおいくらなんですか?」

「これいくらくらいになるんだっけ騎士ちゃん」

「うーん。全身含めた値段はよくわからないけど、その頭兜だけでもお屋敷買って一生遊んで暮らせるんじゃないかな」

「ひえっ……」


 目の前の鍋の価値を理解した赤髪ちゃんが後退した。腐っても魔王を倒して世界を救った姫騎士の装備である。それくらいの価値は当然ある。

 まあ、そんなに身構えないでほしい。これからこいつを器にしてスープを作るわけだし。


「そういえば、火も起こさなければいけませんね! わたし、小枝とか集めてきます!」

「ああ、大丈夫。必要ないよ」

「え?」

「騎士ちゃん。これ沸かして」

「はーい」


 騎士ちゃんに頭兜を渡した瞬間、中の水が一瞬で沸騰した。


「へ?」


 ぐつぐつと沸き立っている水を覗き込んで、赤髪ちゃんが赤い目をまん丸にする。

 ああ、そうか。赤髪ちゃんは、派手に燃やしたり凍らせたりしてる騎士ちゃんばっか見てるから、あんまり実感ないかもしれないけど……


「いやほら、騎士ちゃんの魔法で触れたものの温度調整は自由自在だからさ」

「はい。火を起こさずに……焚き火をせずに加熱調理ができる。煙を出さずに、敵地のど真ん中でも炊き出しができるということです。騎士さんの魔法は戦闘以外でも非常に便利です」

「いやあ、それほどでも」

「ほぇ〜やっぱり魔法ってすごいですね……」


 感嘆したように、赤髪ちゃんが呟いた。そうそう、魔法ってほんとすごいんですよ。

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