一方、その頃の先輩は

「おいおい。うちの後輩は、まーた消えたのかい。こまったものだね、リーオナイン団長」


 ステラシルド王国第三騎士団団長、イト・ユリシーズは心底あきれたように言葉を漏らした。


「まったくですね、ユリシーズ団長。ウチの親友には、本当にこまったものです」


 ステラシルド王国第五騎士団団長、レオ・リーオナインはどこか楽しげに肩を竦めてみせた。

 勇者パーティーが消息を絶ったという報告を受けてから、約一日。依然としてその行方は掴めていない。


「それで、陛下のご意向は?」

「公表はしない、とのことでした。無難でしょうね。つい先日も駆け落ち騒ぎが起きたばかりだというのに、また消えました!なんて言えるわけがない」

「同感同感。ま、それだけじゃないと思うけどね」

「と、言うと?」

「今回は例の聖女さまもご同行されてるでしょ? 外交問題に発展しかけないから、迂闊に消息不明です、なんて言えないんだよ」

「なるほど。それは道理ですね」


 肩を並べて歩きながら、レオは自分よりも低い位置にあるイトの表情を、横目で見て笑った。渋いものと甘いものを同時に口に含んだような顔になっている。

 ランジェット・フルエリンという聖女の存在感は、下手をすればステラシルドにおける勇者の存在よりも大きい。勇者はステラシルドの国政に関わることはほとんどないが、彼女は現在でも国の中枢に深く食い込み……否、ランジェット・フルエリンという人物そのものが国の中枢として、今も機能し続けている。


「うむうむ。お隣のアイアラスとか、北のキドンとかもそうだけどさ。魔王を倒して世界が平和になった今の方が、外交問題でピリつくし、考えることも多い……っていうのは、なんとも皮肉な話だよねぇ」

「はっはっは。魔王という共通の敵がいたからこそ、人類は団結できた。そういった側面があったことは、否定できない事実なのでは?」

「わー、やなこと言うねレオくん」

「これでも作家の端くれですからね。脚色は得意ですが、事実は事実として受け止めなければ」

「事実、ねえ」


 レオの発したその言葉を、口に含んで転がすようにして。

 イトは一つしかない横目を、上目遣いに向けた。


「レオくんはさぁ」

「なんです? イト先輩」

「王国内に、いると思う? 魔王残党の内通者」

「いますね」


 あっさりと、イトの問いかけをレオは肯定した。吟味するまでもない。即答であった。

 扉を開けて、二人は屋外へと出る。


「おやおや。随分はっきり断言するんだね」

「ぼかしても仕方のないことですからね。今回、陛下が親友に出した依頼を知る人物は、そこまで多くありません。親友が急に消息を絶ったところで今さら心配はしませんが……しかし、乗っていた船を落とされる程度には追い詰められ、苦戦するほどの敵にこちらの情報が漏れていた、というのは紛れもない事実」

「また最上級かね」

「おそらくは」

「いやになっちゃうね。せっかく世界が平和になったのに、ぽこじゃかと思い出したみたいに湧いてきて」

「それだけ、かの魔王が遺したものは大きかったということでしょう」


 唇を尖らせて、イトは頭の後ろで手を組む。


「純粋な疑問なんだけど……どうして魔王はあれだけの力を持つ最上級の悪魔たちを、もっと自分の手駒として使い潰さなかったんだろうね?」

「単純に、戦闘向きの魔法を持っていない最上級が生き残っているだけでは? 事実、トリンキュロは四天王の第一位として重用されていたわけですし」

「でも、ジェミニとかサジタリウスみたいに、ずっと潜伏していたヤツもいたわけでしょ? そういう最上級をもっと側に仕えさせておけば……魔王は勇者に負けなかったんじゃないの?」

「先輩らしくありませんね。世界を救った我らが親友の実力を疑うんですか?」

「そーいうわけじゃないけどさー!」


 べしべし、と。平均よりも小さい手のひらが背中を軽く叩く。むくれているところが可愛らしいのは、イトの人柄というべきか。レオは小さく笑って、その手を控えめにはらった。


「わかりましたよ。自分も、親友の実力を疑っているわけではありませんから。しかし、連絡が取れないのが現状です。対処はしなければなりませんね」

「うんうん。頼れる歳上おねえさんであるワタシが迎えに行ってあげれば、後輩も喜ぶでしょう!」

「……頼れる、歳上……おねえさん?」

「なんでそこで疑問形になるの?」

「いえべつに」


 げしげし、と。普段からよく鍛えられている腕が背中を強く叩く。わりと目が据わっているあたり、イトはどうやら本気で自分のことを『頼れる歳上おねえさん』だと思っているらしい。

 ドジで抜けている天然おねえちゃんの間違いではないですか、と口に出して訂正する勇気はなかったので、レオは曖昧に笑って空を指さした。


「ほら、先輩。お待ちかねのものが来ましたよ」

「お、やっと来ましたかー。じゃあ交渉しようかね」


 吹き下ろす強烈な風が、イトとレオの肩幕を強くはためかせる。

 ギルデンスターン運送が魔王軍から接収したドラゴンを輸送に用いているのは、もはや他国にも広く知られている有名な話だが……輸送用に使われているドラゴンがいるように、当然『軍用に使われるドラゴン』も存在する。

 地面に着陸し、翼を休めるように大きく伸びをする巨竜。その背中から降り立ったのは、全身を漆黒の甲冑で覆った、見上げるような巨漢だった。

 大型モンスターの討伐を主な任務とする、スペシャリストたち。国内に存在する騎士団の中で、最も遊撃に適した機動力を持つ戦闘集団。それが、第二騎士団。


「……ユリシーズとリーオナインか」


 そんな第二騎士団を率いるのが『黒騎士』。

 ジャン・クローズ・キャンピアスである。


「ご無沙汰しております。キャンピアス卿」

「挨拶は不要だ。何か用があって来たのだろう? でなければ、騎士団長が揃って私の出迎えをする理由もあるまい」


 相変わらず、紡ぐ言葉に嫌な威圧感がある。表情の一切を覆い隠す鎧兜の奥から響く声は、低く重い。

 頭を下げたままレオは苦笑いを浮かべたが、隣のイトはさっさと頭を上げて、朗らかに告げた。


「実は、例の飛行船の試験飛行に出た勇者様の消息がわからなくなってしまいまして……可能であれば、ぜひキャンピアス卿にも捜索のお力添えをいただきたく、こうしてお願いに参りました」

「勇者殿の捜索のために私の竜を貸せ、と。そういうことか?」

「はい! お話が早くて助かります」

「断る」


 やはりか、と。

 キャンピアスの予想通りの返答に、レオは内心で溜息を吐いた。

 第一騎士団のグレアム・スターフォードに勝るとも劣らない実力を持つ、と言われるキャンピアスは古参の武闘派であると同時に、明確に貴族派に属する騎士だ。平民出身のグレアムや、そんなグレアムが後見人となって騎士学校に入学させたイトとは、そもそもの反りが合わない。

 簡潔に言ってしまえば、派閥の違いというやつだ。


「第二騎士団の戦力を動かしたければ、正式に陛下を通して命令を下せ。横から貴様らにお願いをされたところで、聞く気にはなれない」

「……どうしてもですか?」

「くどいぞ」


 ぴり、と。空気がひりつく。

 レオは隣に立つイトの表情を見る気にはなれなかった。顔を見るのがこわいからだ。

 これ自分が止めなきゃいけないのかなぁ、と。いやだなぁ、と。思いながらも、間に入る。


「まあまあ、お二人とも……」

「貴様は引っ込んでいろ。リーオナイン。悪いが、ここはハッキリと言わせてもらう」


 頭兜越しにもわかる鋭い眼光。威圧感すら伴う視線を突きつけながら、キャンピアスは言い切った。


「ユリシーズ。近い将来、勇者殿の花嫁になる貴様が彼の身を案じるのはわかるが……」

「ひゃい!?」


 イトの喉から、なんかすごい声が飛び出た。

 漆黒の鎧を着込んだ堅物騎士から、なんだかすごいセリフが飛び出してきたからだ。


「……なんだ? 違うのか。私が聞いた話では、貴様は学生時代の後輩である勇者殿のことを、異性として好いている……と。そう思っていたのだが」


 眼帯がされていない、片方だけの目を泳がせて。

 腰の前で、両手の指を絡めて。

 薄い朱色に染まった頬を隠せないまま、ぼそりと呟いた。




「いや……そうですけど」




 声ちっちぇ。

 レオは顔を伏せた。笑いを堪えてるのがバレたら困るからだ。

 イト・ユリシーズは、自分から攻める時は強いが、不意打ちにはわりと弱い。自分で言うのは得意だが、他人から言われるのも、わりと弱い。


「ならば、信じて待つのが未来の妻の甲斐性というものだ。勇者殿はお強い。我々のような者が身を案じずとも、必ず無事で帰ってくるだろう」

「つっ……!? ……ごほん。ええ、そうですね。仰る通りです。失礼しました」

「分かれば結構だ。では、私は失礼する」


 去っていく大きな背中を眺めながら。

 イト・ユリシーズはその背中が見えなくなったタイミングで、レオに向かって勢いよく振り返り、とても元気良く、朗らかに上機嫌で叫んだ。


「レオくん! キャンピアス卿ってもしかして良い人!?」

「ちょろすぎです。先輩」





 結局、スキップしながら戻っていったイトの姿が見えなくなったのを確認して、レオは深く溜息を吐いた。


「やれやれ……こちらが少々肝を冷やしたのが馬鹿のようだ」


 イト・ユリシーズは、学生時代に最上級悪魔の一柱であるキャンサー・ジベンを殺害している。正体を見破られるようなへまをしたつもりはないが、それでも探りを入れるようなことを聞かれるのは、いささか心臓に悪い。


「さて……トリンキュロは聖女殿との交戦にかかりきり。我が親友が船から降りたのは、このあたりか……」


 地図を広げて、最上級悪魔は思考する。

 今回の襲撃計画を、レオはトリンキュロから聞いている。

 しかし、現状はトリンキュロの思惑通りに事が運んでほしくないのも、また事実。勇者が四天王第一位に簡単に敗れるとは思っていないが……しかし、トリンキュロに勇者が殺されてしまうのも、レオにとっては好ましくない。

 勇者を、勇者に戻すために。

 必要なピースは、まだ欠けたままだ。

 今頃は山登りに励んでいるであろう勇者の顔を思い浮かべて、レオ・アハトは微笑んだ。


「……なるほど。タウラスの出番になるな」

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