勇者のハンティング

 旅の中で最も重要な問題は、なんといってもやはり食料の確保である。

 赤髪ちゃんというスーパー腹ペコガールの有無に関わらず、空腹は旅路のモチベーションに常に直結する。

 ましてや、なんの準備も蓄えもなしに唐突にはじまった旅では、食料は現地調達するしかないわけで。


「絶対に逃がすなっ! 今日の肉だぁ!」


 そんなわけで、おれは獲物を指差して絶叫していた。

 ジェミニと戦ってた時とかより叫んでる気がする。正直それくらいおれも腹が減っている。


「賢者ちゃん!」

「確実に退路を断ちます」

「騎士ちゃん!」

「急所をやりたいね。やっぱり首かな」

「師匠っ!」

「仕留めたら、任せて。責任をもって鮮度を保つ」


 世界を救った賢者が魔導陣を展開して退路を断ち、世界を救った騎士が両手に聖剣を握りしめて突撃し、世界を救った武闘家が凄まじい勢いで跳躍する。このメンバーによってたかってボコボコにされた経験があるのは、世界を滅ぼそうとした魔王くらいだろう。ターゲットにされてしまった獲物くんには激しく同情するが、これも生きるための戦いである。許してくれ、手を抜くことはできないんだ。

 おれだけではない。今のおれたちは、猛烈に腹が減っている。

 結果、空腹による効果で過去最高と言っても過言ではないレベルの連携を発揮したおれたちは、見事に獲物を仕留めることに成功した。


「やったぁ! お肉だ! お肉!」

「騎士さん騎士さん。落とした首振り回さないでください。血が飛び散ります」


 仕留めた獲物はメイルレザル……冒険者の間では俗にヨロイトカゲと呼ばれる地を這うリザードの一種である。表皮の鱗が固く、矢や剣を通さないため、そこそこ経験のある冒険者パーティーでも手を焼くモンスターの一種だ。しかしその分、硬い鱗に守られた肉は引き締まっていて美味であり、その鱗も鎧などの工芸用品としてよく利用されている。おまけに、目玉は珍味で酒のあてにぴったりときている。全身を余すことなく活用できる、冒険者にとっては貴重なモンスターと言えよう。

 しかし、その首をぶんぶん振り回して喜んでいる全身鎧の姫騎士、という絵面はなかなかにくるものがある。聖剣の二刀流で真っ先に首を狩りに行く生粋のバーサーカーって感じだ。


「うむ。少々小ぶりだけど、悪くない。良い肉質をしている」


 師匠が、首がないメイルレザルの亡骸を無表情でぺたぺたと触る。早速、仕留めた獲物の肉質を確かめながら、その静止の魔法で抜け目なく血止めをし、肉の鮮度を保ってくれているらしい。相変わらず見た目は幼女なのに、心遣いがどこまでも細やかだ。いつもありがとうございます。


「お肉はもちろんいただきますが、メイルレザルの鱗は様々なものに加工できます。ぜひとも持って帰りたいですわね」


 それっぽい文化人らしいことを、死霊術師さんがほざく。


「勇者さん。ここは一度、先ほど通り過ぎた川辺まで戻りましょうか。調理をするのに水があるのに越したことはありません」


 淡々と、賢者ちゃんがそう提案する。純白の肌、雪のような銀髪。ついでに魔法の色も白と真っ白なキャラを売りにしているが、飛行船の墜落事故からのどたばたのせいで、体のあちこちが煤けていた。


「しかし、獲物が仕留められてよかったです。もう少しで、あそこで転がっている死霊術師を食べることを真面目に検討しなければならないところでした」

「わたくし共食いの危機……?」


 まあ、中身は元々腹黒なので、このくらいがちょうどいいのかもしれない。


「うう」


 と、そこでおれが背負い続けていた赤髪ちゃんが、ようやく目を覚ます気配がした。


「あ、起きた?」

「勇者さん? わたし……」


 おれの頬をくすぐるようにして、鮮やかな赤い髪が揺れる。


「お腹が空きすぎて倒れちゃったんだよ、赤髪ちゃん」

「ええっ!? す、すいません! だ、大丈夫です! わたし、自分で歩けます!」

「いやいや、いいよいいよ。おれの背中でよければしばらく貸すから、そのまま休んでて。ちょうど今、メイルレザル仕留めたから、ご飯にしよう。お腹空いたでしょ?」

「えっと、はい。もう正直ペコペコです」


 うーん、相変わらず折り紙付きの燃費の悪さだ。


「やれやれまったく。勇者さんは赤髪さんに本当に甘いですね」


 赤髪ちゃんを背負っているおれの隣で、賢者ちゃんがぼそっと呟いた。


「賢者ちゃん。仕方ないでしょ。赤髪ちゃんはおれたちとは違って、旅とかまったく慣れてないんだから」

「かといってその腹ペコ娘を甘やかすのもどうかと思いますけどね」


 つーんとした賢者ちゃんの言葉に、赤髪ちゃんがしゅんと小さくなる。

 やれやれ。賢者ちゃんは思ったことをはっきり言うので、なんでも素直に受け止める赤髪ちゃんとは、こういう時には相性が悪い。

 おれが賢者ちゃんに釘を刺す前に、察してくれたのだろう。騎士ちゃんが金髪のポニーテールをぶんぶんと揺らしながら、赤髪ちゃんと賢者ちゃんの間に割って入った。


「はいはい。そこまでにして。ご飯をゲットできたんだからさっさと移動するよー」

「うむ。わたしも、ひさびさに肉を食らいたい」

「ええ、ええ。これだけ空腹であれば、メイルレザルの野性味に溢れた肉もおいしくいただけるでしょう!」

「え。あなた何もしてないのに、自分の分があると本気で思ってるんですか?」

「わたくしメシ抜きの危機……?」


 なにはともあれ。

 ひさびさに腕を振るうとしようか!


「どんな感じで食う?」

「丸焼きにしよ! 丸焼き!」

「ええ……? 見た目がグロいからいやですよ。なんでもいいので、小さく食べやすい形にしてください」

「わたしは、目玉はいらない。苦いから、あげる」

「あらあら、見た目だけでなく舌までおこちゃまの武闘家さまはこれだからダメですわね。メイルレザルの目玉は珍味として社交界でも人気がありますのよ。あ、勇者さま。わたくしは肩の肉をステーキでお願いしますね。焼き加減はレアでぐぉぁああ!?」


 遠慮なくやたらとめんどくさい注文をしてきた死霊術師さんを武闘家さんが無言で地面に叩きつけ、騎士ちゃんと賢者ちゃんと武闘家さんがよってたかって袋叩きにする。賢者ちゃんは杖で、騎士ちゃんは大剣の腹で、師匠は拳で文字通りに袋叩きにしている。ああいう感じに調理の前に叩いておくと、肉がやわらかくなっていい下ごしらえになるんだよな。もちろん死霊術師さんは食べられないけど。


「うん。もうめんどいからスープで煮込むわ。腹にも溜まるし。あとは普通に焼こう」

「でも勇者さん。焼くのはともかく、お鍋とかあるんですか?」

「もちろんないよ。そういうわけで……騎士ちゃん」

「なに? 勇者くん」


 ひとしきり死霊術師さんを袋叩きにして満足した様子の騎士ちゃんが、こちらを振り返る。


「鍋貸して」

「いや、あたし、お鍋とか持ってないけど」

「持ってるでしょ」

「ええ? どこに?」

「頭の上に」

「……うわあ」


 頭に被っている頭兜を指差す。

 いつも朗らかな騎士ちゃんが、めずらしく本当にいやそうな顔をした。

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