聖職者さんと襲撃者

「あは〜。なんとかなってよかった〜」


 栗色の髪から、水が滴り落ちる。

 聖職者、ランジェット・フルエリンは、ほっと息を吐いた。

 さすがに胴体着陸の無茶に勇者たちを付き合わせるわけにはいかなかったし、自分の姿を見られるのも、あまり好ましくなかった。なのでこうして、勇者たちを先に下ろしておいたわけだが……。

 船はかなりボロボロで航行不可能な状態ではあるものの、大破ではない。あの早口変態技師なら、ぎりぎり修復してくれるだろう、といった損傷具合だ。

 変身を解除し、水辺から上がったランジェットは一糸纏わぬ姿のまま、頭を横に振って水をはらった。同時に、大きく実った胸が無造作に揺れたので、手で抑えて留める。


「っ……ふぅ」


 足がふらつき、膝を折る。痛む頭を抑えて、ランジェットは意図的に呼吸を深めた。

 みんながいなくなって、気が抜けたせいだろうか。

 自分の魔法は、これだから困る。


「あはっ……ひさびさにちょっと使いすぎたかも」


 でも、楽しかった。

 全員で息を合わせ、窮地を切り抜け、笑い合う。

 そういう時間の共有が、なによりも楽しかった。

 胸の前を手で抑えながら、ランジェットは立ち上がって周囲を見回す。

 人の気配はもちろん、モンスターの影もない。


「はっはっはぁ! やったぁ! 依頼した通りに船が落ちている! 落ちてるぞっ!」


 故に。

 その高笑いと無邪気な悪意は唐突に、真上から、青空の上から降ってきた。

 それは、形だけは少女の姿をしていた。

 目が眩むような純白の、フリルに彩られたゴシックロリータ。くすんだ色合いの、けれど滑らかな金髪。純白と紅色の二色のリボンがそれらを束ねて、ショートポニーの形で後ろに流している。


「ヤツに依頼して正解だったッ! 信用ならないヤツだが、存外に仕事はきちんとこなしてくれる!」


 それは、形だけは少女の姿をしていたが。

 それが、形だけは少女の姿をした悪魔であることを、ランジェットはよく知っていた。

 くるくる、と。くるくる、と。

 その場で楽しげに回りながら、少女は背中から生やしていた継ぎ接ぎの翼を放り捨てて、高く笑う。


「ふふっ……ひさしぶり、というわけでもないな、勇者ァ! この前ぶりというやつだ! 早速このボクが、リベンジにやってきたぞ!」


 どこまでも高揚した様子でそんな言葉を紡いだ最上級悪魔は、しかしそこでようやく周囲を見回し、確認し、また見回して。

 目の前に、一糸纏わぬ美女が一人きりでいることに気がついて、語りかけた。


「…………おい、ボクの勇者はどこだよ」

「あは〜。負け犬筆頭の四天王さん。おひさ〜!」


 まるで野良のモンスターのように出現した四天王第一位……トリンキュロ・リムリリィに向けて、聖職者はゆったりと笑いかけた。

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