勇者と飛行船
これはあくまでもおれの持論だが、人間は乗り物に乗るとテンションが上がるものである。
それが、空を飛ぶ船なんてロマンの塊なら、なおさらだ。
「波が高い。これから荒れるな」
「乗る波がないでしょう。なに言ってるんですか」
腕を組み、船長ごっこをするおれの名演を、賢者ちゃんがあっさり切り捨てた。声音も視線も、身を切る風よりも冷たい。
そんなこんなで、淡々と準備も出港も済み、現在のおれたちは大空の上にいた。
「いやあ、それにしてもちゃんと飛ぶもんだね。正直半信半疑だったから、ちょっとびっくりだよ」
船の舵を取る騎士ちゃんがそう言うように、おれがふざけて船長ごっこをできる程度には、処女航海は順調だった。
眼下には、白い雲。青い空の海を、イロフリーゲン号は拍子抜けするほど快適に航行している。
「操舵はどんな具合?」
いつまでもふざけているとまた賢者ちゃんにまた白い目を向けられそうなので、臨時船長らしく騎士ちゃんに聞いてみる。背筋を伸ばして舵輪を握る姿が様になっている騎士ちゃんは「んー」と、悩む声を喉の奥で転がした。
「はじめて触る船だし、例えにくいんだけど……意外と素直な感じだよ。普通に船動かすのとそんなに変わらないかな」
「じゃあわたしもいけますかね?」
「だめだよ赤髪ちゃん」
「なんでですかーっ!?」
犬が駄々を捏ねるように噛みついてくる赤髪ちゃんの頭を、どうどうと抑える。好奇心旺盛なのは結構なことだが、さすがにはじめて動かす……それも新型の飛行船を預けることはちょっとできない。
「機嫌直しなよ〜。今度、あたしが船の操舵も馬の手綱の握り方も教えてあげるから」
「というか、騎士さんはなんでそんなに手慣れてらっしゃるんですか?」
「ウチはほら、地味に王家だから船とかたくさんあったし」
「お、お金持ち……!」
まあ、それ以外にも海の旅をしていた頃は基本的に騎士ちゃんが操舵担当だったので、一番手慣れているというのが大きい。
「しかし、こうも順調だと試験航行っていうよりも、リッチなクルーズって感じだな」
「いいんじゃない? 異常が起きないのは良いことだよ。どう? 勇者くん。航路はズレてない?」
「問題なし。あとは山を超えたら、ぐるっと周回して戻る感じ」
「了解」
「そういえば、聖職者さんは?」
「武闘家さんを抱き枕にしてお昼寝してるよ」
「リッチなクルーズだな、おい……」
後ろの狭いキャビンでは、武闘家さんを抱き締めたまま聖職者さんがすやすやと寝息をたてていた。師匠もそうだけど、聖職者さんも、わりと場所を問わずすぐに寝られるんだよな……我がパーティーのお昼寝コンビって感じだ。
「あの二人……寝顔は愛らしいのに……もう目覚めないでほしいですわね……!」
足置きの責務からやっと解放された死霊術師さんが、なんか物騒なことをほざいてる。武闘家さんと聖職者さんという天敵二人のセットがすやすやお昼寝しているので、ようやくほっとできたのだろう。
操舵を奪うことを諦めて、持ち込んだおやつに手を伸ばし始めた赤髪ちゃんが、こてんと首を傾げる。
「死霊術師さんはどうしてそんなに聖職者さんが苦手なんですか? たしかに、時々ちょっと圧が強いというか、こわいなと感じることはありますけど」
「ちょっとどころではありません! 魔王様、アレは恐ろしく、おぞましい女です。敵だった頃は、わたくしも幾度となくアレの魔法に苦しめられました」
魔王軍の四天王やってた死霊術師さんが、なんか厚顔無恥なことをほざいている。あんたも敵だったろうが。
「でも、聖職者さんって回復役ですよね?」
「一口に回復といっても、いろいろと種類があるのです。そもそも、回復しかできない魔導師と、回復もこなせる魔導師の役割は、その立ち回りからして変わってくるでしょう?」
「聖職者さんは後者、ってことですか?」
「まあ、そういうことです」
聖職者さんの恐ろしさを説きながら、死霊術師さんの手が赤髪ちゃんのお菓子袋に伸びる。なるほど、と頷きながら、赤髪ちゃんの手が死霊術師さんのきれいな指先をはたき落とした。かわいそうに。一口くらいあげればいいのに。
「おれも死霊術師さんに聞きたかったんだけど」
「はい。なんなりと」
「実際に飛ばしてみて、この船についてどう思う?」
赤髪ちゃんのお菓子袋に手を伸ばし、甘いものをつまみながら質問を投げる。
お菓子をねだって拒否されている情けない姿からは想像もできないが、死霊術師さんは空輸という概念を生み出したスペシャリストである。こういう分野に関しては、最も知見がある。
「そうですわねえ。安定して運用できるようになれば、様々な概念が変わるな、と感じます」
「それは、旅や輸送の概念が覆る、ってことでいいのかな?」
「ええ。空路は陸路よりも安全性が高い上に、地形も無視できますからね。しかし、やはり出力の問題をクリアできないことには、これ以上大型の船体を飛ばすことは難しいでしょう」
死霊術師さんの視線が、後方に向く。船体の大部分を占めるのは、この船の心臓とも言える動力源だ。
「魔鉱石を使った浮力生成魔導陣、ね……やっぱり実用には難があると思う?」
「もちろん、素晴らしい技術だと思いますわ。こうして今も問題なく飛んでいるわけですから」
滑らかに即答したうえで、頬に手を当てた死霊術師さんは「ただし」と、否定の言葉を繋げた。
「ビジネスとして、安定した運用に耐えうるかというと、些か疑問が残りますわね」
「それは、コストパフォーマンス的な意味で? それとも、技術的な意味で?」
「両方です」
やはり端的な即答だった。
「まず、勇者さまが懸念されている通り、純度の高い魔鉱石は貴重極まる資源です。それを用いた魔導陣の維持や管理に関しても、先ほどの早口技師さまのような優秀な人材が必要不可欠。けれど、資源も人材も、湯水のように湧いて出るものではありません」
魔術を使う際、その元手となるのが魔力なわけだが、火を灯し、水を生み、風を吹かせ、土を操るエネルギーが無尽蔵に湧いて出るはずもなく。魔力を生み出すためには、基本的に生き物の力が必要だ。しかし、生き物ではない物体から魔力を得る方法も、少なからず存在する。
この船に動力として搭載されている魔鉱石は、その名の通り魔力を生み出す鉱物資源だ。然るべき方法で魔導陣に接続すれば、術者の魔力を消費せずに術式を運用することができる。そして、純度が高く、大型の魔鉱石になればなるほど、出力できる魔力も大きくなるのだ。
「要するに、動力が貴重だからたくさん作れないってことですか?」
「まあ、簡単にまとめるならそんな感じだね」
相変わらず理解力のある赤髪ちゃんが、おれたちの会話をサクッとまとめる。甘いもの食べてるから頭の回転も早いのだろうか。
「じゃあ、死霊術師さんを動力源にして魔力を絞り出し続けるのはどうですか? とてもコストパフォーマンスが良いと思います」
「おほほ。聞きましたか勇者さま? 魔王様がまるで魔王のようなことを仰っています」
「いいね。検討しようか」
「勇者さま?」
死霊術師さんを動力源にするかはともかくとして、やはり物質の輸送に使うような大型の船を安定して飛ばすためには、まだまだ技術的な積み重ねが必要だということだ。
「そうやって考えると、ドラゴンに船を引かせるっていう原始的な発想で問題を解決した死霊術師さんは、なんだかんだやっぱりすごいよ」
「ええ! そうでしょう! わたくしの溢れる商才と発想力をもっと褒め称えてくださいませ」
「まあ、ドラゴンなんて早々出会えるモンスターじゃないから、死霊術師さんみたいに元魔王軍みたいなコネがないと、不可能な発想だけど」
「ええ! そうでしょう! 心を入れ替えて人類の輸送の発展に絶賛貢献中のわたくしをもっと崇め奉ってくださいませ」
「少しは悪びれろよ」
「あの、お二人とも」
そろそろうるさい口にお菓子でも突っ込んでやろうかと思ったところで、赤髪ちゃんが恐る恐る手を挙げた。
「どうかした? 赤髪ちゃん」
「わたしはよく知らないんですけど、ドラゴンってめずらしいモンスターなんですか?」
「そりゃまあ、空飛べるし。火ぃ吐くし。強いし」
「わたくしも新しいドラゴンを調達したいのですが、なかなか見つからないくらいには希少ですわね」
「えっと、あの」
「ん?」
「下、見てほしいんですけど」
「うん」
「あれ、ドラゴンじゃないでしょうか?」
「は?」
船のへりから身を乗り出していた赤髪ちゃんが、振り返る。
髪色とはどこまでも対照的に、その表情が冗談みたいに青くなっていた。
「あらあら、魔王様もジョークがお上手になりましたわね。しかし、ドラゴンというのはモンスターの王。いわば頂点に立つ存在です。そんじょそこらの羽が生えたワイバーンとはわけが違います。そんなおつまみ代わりのスナック感覚で遭遇するものでは──」
おれと死霊術師さんも、揃って身を乗り出して下を見た。
それには、翼があった。
翼だけでなく、手も足もあった。
こちらを見上げる鋭い眼光と、その眼光の鋭さに勝る牙を備えていた。
「──あらぁ……ほんとにドラゴンですわぁ」
「騎士ちゃん! 面舵ィ!」
叫んだ瞬間、急上昇してきたその襲撃者は船体の横を凄まじい突風と共に駆け抜けていった。
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