賢者ちゃんVS聖職者さん
魔法使い同士の戦いの鉄則は、相手に触れること。
自身の魔法の影響下に、相手を捉えること。
そういう意味では、ランジェット・フルエリンに触れられているシャナ・グランプレは、既に敗北していた。
彼女が少しでもその気になった瞬間に、シャナの体は魔法によって文字通りイジられてしまう。例えるならばそれは、心臓を直に鷲掴みにされているかのような、圧倒的窮地。
「お生憎様ですが」
「私はべつに一人ではないので」
「脅しの意味で私の耳に触れているのなら」
「意味なんてねぇですよ」
ただし、世界を救った賢者は、魔法戦における敗北の常識を無視できる。
何故なら、彼女は一人であって、一人ではないからだ。
木陰から、シャナが現れる。
頭上から、シャナが舞い降りる。
背後から、シャナが杖を向ける。
赤髪の少女を庇うようにして、シャナが立ちはだかる。
総勢、四人。新たに現れたシャナ・グランプレたちが、聖職者を取り囲む。
「あは〜。相変わらずズルい魔法だねえ。シャーちゃん」
「あなたにだけは言われたくないですね、ランジェさん」
懐かしい光景だ、と。そう言いたげなランジェに向けて、シャナは冷ややかに吐き捨てた。
「どうします? 本当に戦り合いますか?」
「シャーちゃん、思ってたよりあーちゃんへの好感度高いんだねえ。そんな風に庇うなんて、おねーさんびっくりだよ」
「好きか嫌いか、などという個人感情が絡む浅い話はしていませんよ。ただ、赤髪さんの体と心はまだ色々とわからないことだらけですから……勇者さんの許可なく体を弄り回すような真似は控えてもらいたいだけです」
「あらかじめ魔法を使って増えてたってことは、こうなることを予想してたのかな?」
「はい。昔からランジェさんは油断ならない人ですから」
「あは〜。そこはちゃんと、頼れるおねーさんって言ってほしいかも」
絶え間なく、滑らかに。
旧知の仲らしいテンポのいいやりとりをしながら、じわじわといやな緊張感が増していく。
何が引き金となって、どちらが動くかわからない。
そんな空気の中、最初に動いたのは、
──ぐぅぅぅ……
赤髪の少女のお腹だった。
「あ、すいません。えっと……はい。わたしの、わたしのお腹です」
マジか、コイツ。
シャナは目を点にして、赤髪の少女を見た。コイツがやらかしました、へへっ……みたいな顔で頭をかいてる、アホの美少女を見た。
こちらが必死になって危険な聖職者と対峙している時に、能天気に空腹を思い出し、腹の虫を鳴らす胆力。決して並大抵のものではない。
舐めているのか、とシャナは思った。
「……あは〜! かわいい〜。腹ペコさんだ〜。飴ちゃんいる?」
「え!? いいんですか!? はい! いただきます」
どこからか取り出した飴玉袋をランジェがぽいっと放り投げ、赤髪の少女はそれを満面の笑みで受け取り、口の中に入れた。シャナが止める間もなかった。食べられるものに対して、少女の反応は常に即応だった。
舐めてんじゃねえ、とシャナは思った。
「……ていうか、いいんですか? ランジェさん。私から手を離して」
「うん。もうやめとく〜。ランジェ、べつにシャーちゃんとケンカしたいわけじゃないし」
いつの間にかシャナの頬から両手を離したランジェは、気が変わったと言わんばかりに手のひらをゆらゆらと振った。
「ゆうくんが入れ込んでる新しい女の子がどんなものか気になったけど〜、シャーちゃんがそこまで気に入ってるなら悪い子じゃなさそうだし、ランジェも可愛がってあげよっかなーって」
「はい! この飴おいしいです!」
「よかった〜」
「赤髪さんは少し黙っててください」
「じゃあ、ランジェはあっち戻るね〜」
先ほどまで敵意を向けていたはずの相手に「またあとでね〜」と気の抜ける挨拶を言い残して、ランジェット・フルエリンは軽い足取りで消えていった。
「……はぁぁああ」
なんだか、自分がものすごく無駄に疲れた気がして、シャナはその場に座り込んだ。
「えーえっと……ありがとうございました。賢者さん」
一応、庇われたという自覚はあるのか、こちらを見下ろす少女は、少し困ったような、戸惑ったような、なんとも言えない表情をしていた。
「あ、飴いります?」
「ふんっ!」
「ああっ!? 全部取らないでください!」
食いしん坊の手から奪い取ったそれを適当な数、口の中に放り込み、シャナはバリボリと噛み砕いた。まったくもって、甘ったるい味がする。
ついでに、魔法で食べた分以上に増やしたそれを押し付け返して、シャナはフードの奥から能天気赤髪少女を睨み上げた。
「……まったく、あなたのクソ度胸にはいつも驚かされますよ」
「えへへぇ……うぅん!? それ、褒めてます?」
「一応、感謝はしてあげてもいいですよ。空気を読まないあなたのお腹がちょうど良いタイミングで鳴ったおかげで、ランジェさんと揉めずに済みましたから」
「でも、わたしには賢者さんが優勢のように見えましたけど……?」
「はあ? 何を言っているんですか。べつに私が勝ったわけじゃありません。あちらが退いてくれただけです」
たしかに、見かけだけならランジェを包囲しているシャナが有利に見えただろう。
しかし、赤髪の少女に向けて、シャナは深く息を吐いた。
「本気で戦ったら、私はランジェさんには勝てませんよ」
誰よりもプライドの高い、世界を救った賢者が述べるそれは、どこまでも客観的な真実だった。
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