賢者ちゃんと聖職者さん

「賢者さん、ほんとにあの技師さんのこと記憶にないんですか?」

「だから、ないと言っているでしょう」


 航路や船の扱いなどについて、勇者たちが説明を受けている間。

 シャナは赤髪の少女を連れて、造船所の周囲を散策していた。もちろん、打ち合わせにはが同席しているので、こうして暇潰ししていても問題はない。


「でも、魔法で増えた賢者さんが、知らないうちにこの街に来て技師さんと会ってた、とか……?」

「ありえませんよ。あなたにも前に説明したでしょう。私は増やした私自身と、思考や記憶を魔術で共有しています。それに漏れが発生することはありません」


 シャナは断言した。

 万が一、そんなことが起きてしまったら、目の前で能天気な疑問を投げつけてくる食いしん坊の想像以上に、大変なことになってしまう。


「まあ、単純にあの技師の勘違いか。重度の思い込みか。もしくは……」

「あは〜。シャーちゃんみっけ〜」


 のしぃ、と。

 言葉を紡ぐシャナの背中に、重量感のある双丘がのしかかった。


「……ランジェさん」

「うれしい〜。みんなは役職で呼ぶの慣れてるかもしれないけど〜。やっぱり聖職者さんって呼ばれるの、なんか慣れないから〜、ランジェのこと、ランジェって呼んでくれるのうれしいな〜」

「重いから離れてください」


 辟易とした表情で……実際に辟易しながら、シャナは聖職者によるのしかかり攻撃を押し退けた。


「ていうか、勇者さんたちと説明受けてたんじゃないですか?」

「ランジェ、難しい話よくわかんないから抜け出してきた〜。舵はアリアが握るだろうし、ゆうくんもなんだかんだしっかりしてるから、いいかな〜って」

「そんな雑な……」

「あと、あーちゃんとしっかりよろしくお願いしますをしたかったんだ〜」


 赤髪の少女に向けて、聖職者はにっこりと微笑んだ。


「えーっと……あーちゃんってわたしですか?」

「そう! 赤髪ちゃんだからあーちゃん〜! 命名決定〜! どんぱふ〜!」

「あ、ありがとうございます。聖職者さ……」

「ランジェはランジェだよ〜。ランジェット・フルエリン。名前で呼んでくれるとうれしいな」

「わかりました! よろしくお願いします、ランジェさん!」

「かわいい〜。おっぱい揉んでいい?」

「おっ……!?」

「この人の言葉をいちいち本気に受け取ってはいけませんよ赤髪さん。馬鹿を見ますからね」

「え〜仲良くなるためにスキンシップは必要でしょ~」

「よく言いますよ。勇者さんがいる時はくせに」


 手を触れられ、密着した、その状態のまま。

 シャナは聖職者の顔を見上げて、はっきりと言い放った。

 一瞬の沈黙と、空気が張り詰める気配。




「あはっ」




 フードの中に手が伸び、白手袋の指先が、シャナの尖った耳を撫で回す。

 聖職者は、シャナ・グランプレを自身の魔法の使用圏内に収めたまま、先ほどよりも薄く笑った。


「シャーちゃん、やっぱり賢いから、人のことちゃんと見てるね〜。えらいえらいしてあげる〜」

「どうも」

「えらいえらいのついでに、お願いしてもいい〜?」

「聞くだけ聞いてあげますよ。どうせ、勇者さんの前ではできないお願いでしょう?」

「シャーちゃん、いじわるなこと言うね〜。でもその通り〜」


 赤髪の少女を一瞥して。

 魔王の魂が宿った、その身体を舐めるように見て。

 聖職者……ランジェット・フルエリンは囁いた。


「この子、ランジェの魔法でイジッてみてもいい?」


 シャナ・グランプレは、手にした杖を提案に向けて突き返した。


「ダメに決まっているでしょう」

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