勇者とかつての魔法

 失礼になるかもしれないと思いながらも、聞いてみる。


「すいません……昔、どこかでお会いしたことがありますか?」

「ああっ……その反応も無理はありません私がお二人にお会いしたのはまだお二人が年若い頃。世界を救った勇者と賢者として名を挙げられる前のことですからね。しかし私はお二人に助けていただいたこと、なによりお二人に私の夢を応援していただいたことを深く深く感謝すると共にそれらのお言葉が何にも勝る私の原動力になっておりますそして今日! こうして私の夢が形になったものを勇者様と賢者様にお見せすることができ心の感涙が止まりません」

「んんんっ?」


 早口過ぎてすべて聞き取れた自信がないが、ざっくりまとめると「昔はお世話になりました。ひさしぶりにお会いできて嬉しいです」と言っているように感じる。

 技師さんの熱意の籠もった手に右手をホールドされたまま、おれは左手で賢者ちゃんのフードをちょちょいと引っ張った。


「賢者ちゃん覚えてる?」

「記憶力に定評がある私ですが、まったく覚えがありませんね。あちらの方の勘違いなのでは?」


 だよなぁ。

 旅の中で人助けをしまくってきたので、もしかしたらおれが忘れている可能性もあるが……だとしても、頭の出来の良さに定評がある賢者ちゃんまで忘れているとは考えにくい。


「おお、なんということだ……! お二人の記憶の中に、私の存在はない!?」

「いや、すいません。ちょっと言いにくいんですけど、記憶違いか、もしくは人違いということも」

「さすがは世界を救った勇者様と賢者様私如きの心の救済などもはや路端の石を拾うが如き些事にも等しくそれ故に私の存在がお二人の記憶に残っていない、だとしても! こうして今日お二人がいらっしゃってくださった事実に何ら偽りはなく我が娘の処女をお二人に捧ぐことの喜びは筆舌に尽くしがたく!」

「こんな濃い目の変態の存在、忘れることあります?」

「うーん?」


 でも、本当に記憶にないんだよなあ。


「ちなみに、いつ頃お会いしたかと覚えてます?」

「もちろんです四年と百七十二日ぶりですね」

「ひえっ」


 悲鳴が漏れてしまった。

 初対面の相手が再会の日数までカウントして即答してくるの、ちょっとこわすぎる。

 しかし、そうなるとますます計算が合わない。このあたりの地域に立ち寄ったことはあるが、それは賢者ちゃんがパーティーから離脱していた時期なので、微妙に技師さんの話とは噛み合わないのだ。

 そもそも、おれが騎士ちゃんと旅に出たのが、ざっくり七年前の十六の時。賢者ちゃんと出会い、エルフの村が燃えたのがその半年後だ。その後、賢者ちゃんが修行で離脱した期間を挟みつつ、聖職者さんが仲間になったのがおよそ五年前なわけで。

 どう見積もっても、四年と半年前なら普通に騎士ちゃんや聖職者さん、師匠といったメンバーがいたはずである。その頃の死霊術師さんはまだ敵だったけど……ううん、考えれば考えるほどわからなくなってきた。


「まあ、いいではありませんか。記憶違いがあったとしても、こうしてまたお会いできたのも何かの縁。神の思し召しというものでしょう」


 すれ違い続けるおれたちの話を見かねたのか、間に立つ聖職者さんが和やかに場をまとめてくれた。

 今はもう神様なんて信じてないくせに、よく言うもんだよほんと。


「本日はこの船の処女航海を我々で担当し、実際の航行における性能をテストする、ということでよろしいですね?」

「はい聖女様にはこうして勇者様と賢者様の乗船に口添えをしていただき感謝の念が絶えませんお二人をはじめとした勇者パーティーのみなさんの乗船を以てこの船もさらなる高みへと至ることでしょう」

「この船、未完成なんですか?」

「未完成!? 冗談ではありませんよ! 我が愛娘はすでに完璧に完成しております! 空を駆けることへの可能性を諦めた凡人どもの飛行魔術の真似事と私の技術の結晶を一緒にしないでいただきたい!」

「あ、はい。すいません」


 どうでもいいけどそろそろ握った手を離してほしいんだよな。船に関して熱ってくれるのはべつにいいんだけどおれの手を握りしめたまま、唾を飛ばすのはやめてほしい。


「いずれにせよ、きちんと飛ばしてみせるので大丈夫ですよ」

「勇者様にそう言っていただけるのは大変心強いですそれでこそ我が子をお任せする甲斐があるというもの! それでは操舵や航路について打ち合わせをしたいのでどうぞこちらへ」


 この人もうおれの手離す気ないな。そのまま引っ張ってこうとしてるもん。


「あ、ちょっと待ってください」

「何か?」

「いえ。先に船の名前くらいは聞いておきたいな、と」

「これは失礼! 申し遅れました!」


 ようやくおれの手を離した技師さんは、両手を広げて背後の船を指し示し、今まで一番の笑顔で言い切った。


「彼女の名は、イロフリーゲン! お察しの通り、勇者様の魔法にあやかって名付けさせていただきました!」


 燕雁大飛イロフリーゲン

 かつておれが持っていた……しかし今は使い手の名前と共に、失われてしまった魔法。それを聞いたおれと賢者ちゃんは、黙って顔を見合わせた。

 ……やっぱり、会ったことあるのかなあ?

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