勇者と変人技師さん
予想していたよりも小さいな、というのが正直な感想だった。
これから乗り込む船を見上げて、おれは呟いた。
「へえ。これがほんとに飛ぶんだ」
「飛ぶらしいよ〜」
善は急げ、ということでやってきた造船所にて。おれたちはパーティー全員で揃って、これから乗り込む船を見上げていた。
「実物を見るとやっぱり違うなあ」
「わくわくするよねぇ〜」
隣でうきうきと体を弾ませる聖職者さんの胸元が、大きく揺れる。おれはちらりと横目でそれを見て脳裏に焼き付けた。地厚い法衣を着込んでいるのに、相変わらず大きいなというのが、正直な感想だった。
「ゆうくんはやっぱり大きい方が好き?」
「まあ、これから貨物や人員の輸送に使っていくなら、やっぱり大きい方がいいかなって。まだ試験段階なら、このサイズでも仕方ないかなって思うけど」
「あは〜。男の子ってほんと、大きいのが好きだよねぇ」
「ごめん船の話だよね?」
その無駄に意味深な言い回しはやめてほしい。後ろのみなさん……特にフードを目深に被った賢者ちゃんから刺すような視線を感じるんだよ。
とはいえ、想像していたよりも小さいというのは、おれの素直な感想だ。縦に長い流線型の船体は、力強いというよりも美しい印象を受ける。翼らしき部位や帆の配置も相まって、通常の船と比べて独特な外見を構築していると言えるだろう。しかし、全体的なイメージはやはり設計図で見た時よりも小ぶりで、船というよりもボートと言った方がしっくりくるサイズ感である。ていうか、限界まで乗り込んでも十人ちょいが定員なんじゃないだろうか?
「勇者さん! わたし、これ早く乗りたいです! 運転してみたいです!」
「赤髪ちゃん、船の操舵できるの?」
「はい! やったことないのでやってみたいです!」
やる気は買うけど処女航海で船を沈める気か?
「それにしても、これが自力で飛ぶとは。眉唾ですわね」
「死霊術師さんとしては微妙な感じ?」
「いえ、むしろ早く買い取りたいですわ。たとえ未完成だとしても、可能性しか感じません。責任者はどこです? 同業他社に唾を付けられる前に、わたくしが抑えます」
純粋に空の旅を楽しもうとしている赤髪ちゃんとは対照的に、死霊術師さんはそわそわと周囲を見回して、既に契約書類をちらつかせている。札束で頬ぶっ叩く気満々じゃねえか。
社長から会長になって落ち着きを覚えたかと思ったけど、全然そんなことなかったわ。相変わらず商魂たくましいわこの人。
「失礼。お待たせして申し訳ありません」
と、噂をすればなんとやらと言うべきか。
黒髪をぴっしりとオールバックにまとめた、如何にも几帳面な風貌の技術者然とした男性がこちらに駆け寄ってきた。おそらく、船の設計者さんか何かだろう。
「聖女様。わざわざ足を運んでいただき恐縮です」
「ご機嫌よう。こちらこそ、お待たせしてしまって申し訳ありません」
滑らかに一礼。顔を上げると同時に、控えめな、それでいて一目惚れしてしまいそうな笑顔の花が咲く。
聖職者さんの完璧な口調と所作を見て、赤髪ちゃんがおれの背中をつっつき、囁いた。
「え……聖職者さん、普段はこんな感じなんですか?」
「うん。ご覧の通り、こんな感じだよ」
まあ、そう言いたくなる赤髪ちゃんの気持ちもわかる。
あのゆるゆるふわふわした口調のおねーさんを最初に見てしまうと、こっちの聖女様モードの聖職者さんが詐欺のように見えて仕方ないだろう。
しかしながら、ゆるふわおねーさんモードの聖職者さんが素で、こちらの完璧聖女様の姿が演技……というわけでもないから、なかなか説明が難しい。裏表が激しいとかそういう話ではなく、やわらかい口調で厳しいことを言う聖職者さんも、厳かな口調であたたかい言葉を紡ぐ聖職者さんも、どちらもおれが知る聖職者さんなのだ。
時と場合と相手によって、いくつかの仮面を使い分けるのが人間という生き物である。聖職者さんは、それらの仮面の変化と差異が普通の人に比べて大きい。同時に、場面に応じて被る仮面を完璧に使いこなしている……というべきか。
「あらためて、わたしからご紹介させていただきます。勇者様、こちらにいらっしゃるのが、この飛行船の設計と開発を担当した、技師の方です」
どうでもいいけど、ついさっきまで「わたしの胸ガン見してたでしょー?」とダル絡みしてたおねーさんに、様付けで呼ばれると温度差で風邪ひきそうになるな。
「はじめまして。本日はよろしくお願いします」
おれも外面勇者様モードに切り替えて、右手を差し出す。
すると、目にも止まらぬ早さでおれの手を取った技師さんは、ペンチでネジでも締めるんじゃないかと思う勢いで……いやなにこわいこわい! この人力強いんだけどなに!? おれのファンか!?
「おひさしぶりです勇者様、賢者様。こうして再会できたことそしてなによりも今回の依頼を快く引き受けていただいたこと大変嬉しく思います感動でこの私の胸も張り裂けそうです」
「んん?」
「はい?」
おれだけではなく、セットで名前を呼ばれた賢者ちゃんの口からも気の抜けた声があがる。おれたちは揃って顔を見合わせた。
まるで技師さんは、おれと賢者ちゃんと顔見知りのように話しかけてきたが……しかしおれの記憶が間違いでなければ、今日が初対面のはずであった。
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