聖職者さんからの依頼
「船の試験飛行?」
「あは〜。そうなの〜」
死霊術師さんの頬を爪先でつついて遊びながら、聖職者さんはおれに向けて書類の束を差し出した。
「なんかすごい船ができたらしいんだけど〜、ゆうくんがそれに乗って〜、いい感じに処女航海してもらって〜、勇者が乗った船っていう泊をつけよう〜みたいな?」
「なるほど」
すごくふわふわした説明だったが、説明のふわふわした部分は書類に目を通して補完することしよう。
「あと、ゆうくんはこれから『勇者』っていう肩書きが一つの武器になるから、それを活かした仕事とか、社会での役割を模索していった方がいいと思うのです〜」
「あ、はい。ありがとうございます。いやもう、本当に仰る通りだと思います」
「だから今回の依頼はこういうのがいいかな〜って、おねーさんが選んでみました〜」
「うす。ありがとうございます。誠心誠意務めさせていただきます」
ふわふわしてない釘を刺されたので、居住まいを正してすべてを受け入れる。
しかし、聖職者さんの隣で賢者ちゃんが「けっ……」と鼻を鳴らして、肩を竦めた。
「そのためだけに私達をわざわざ全員集めるとは、随分と御大層な依頼ですね」
「あは〜」
賢者ちゃんの毒舌に、聖職者さんの首がぐるんと回り、その目が光る。
「おねーさんは純粋に疑問なんだけど〜、ゆうくんが引き籠もっている間、みんなは何してたの〜?」
「まって聖職者さん! いや、あたしたちもいろいろ考えていたんだよ!? ほんとだよ!?」
「私は王国内での権力の掌握を目的に立ち回りつつ、地盤固めに動いていました。そこの引きこもり勇者さんとは違ってきちんと先を見据えて行動しています。だから私のことは怒らないでください。お願いします」
「修行、してた」
「わたくしは椅子です。足置きです……」
おかしい。
おれのパーティーなのに、聖職者さんがトップみたいになってる。あと、約一名に関してはなんか家具になりかけている。ていうか、賢者ちゃんはおれを貶めながら自己保身に走るのをやめてほしい。
話を変えるために、書類のページを捲る。
「それにしても、飛行船ねえ。ドラゴンはそう簡単に調教できないはずだけど、何に引かせるの?」
空輸という概念を作り出したのは何を隠そう、今はそこで足置きをやっている死霊術師さんである。
魔術を用いた安定した自立飛行は、すべての魔導師の悲願とも言っても過言ではない。ただの浮遊や自由落下ならいざ知らず、空中を自由自在に駆け抜ける魔導術式は、未だにこの世界に生まれていない。
「ドラゴンは使わないよ〜」
「え?」
「ちゃんと書類は最後まで読んでほしいなあ」
聖職者さんの指先が、テーブルの上に置かれていたメモ用の紙を器用に折り畳む。それこそ、紙を折り込むように、テキパキと。唇が、滑らかに言葉を紡ぐ。
「人間は、空を飛べない。魔術に頼っても浮くことが限界だし、奇跡に縋っても実現できるとは限らない。神様に頼んだとしても、空を自由に飛ぶことって、やっぱり難しいよね〜」
昔は神様だった人が「神様に頼んだとしても」という言い回しを使うあたり、もう確信犯だ。
「でも、人の努力や技術の積み重ねって……時々そういう常識を全部、えいやって飛び越えちゃうことがあるんだよ〜」
書類を捲る。
端的に言ってしまえば、そこに描かれていたのは飛行船の設計図だった。詳しい構造や理屈はわからない。しかし、その図面の中には、魔力石を動力源にした炉があり、自ら風を受けるための帆や羽があった。
ドラゴンの力を借りる、飛行船もどきではない。本当に、自らの力だけで空を駆ける、翼を得た船。
「ゆうくん、昔からそういうの好きでしょ〜?」
部屋の片隅に飾ってある、いくつかの船の模型を指して、聖職者さんはそう言った。
おれがもうその魔法を使えないことは理解しているだろうに、聖職者さんは出来上がった紙飛行機を「ぶーん」と。手で飛ばす仕草をしてみせながら、美人の横顔が朗らかに破顔する。
なんとなく、あの二人目の盗賊と船のレプリカを思い出して、おれも釣られて笑ってしまった。
「まあ、きらいじゃないよ」
空の旅。なるほど、悪くない。
ちょっとだけご機嫌斜めな聖職者さんと、ひさびさに冒険するには、それくらい荒唐無稽な方がおもしろいだろう。
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