聖職者さんのお仕事

「なるほど〜。魔王を倒したのはいいけど呪いでみんなの名前がわからなくなっちゃって、なんとなく気まずくなって距離をとって一年間何の解決策も得られずにふらふらしてたけど、かわいい女の子に助けを求められたからひさびさにちょっと気力が戻ってきて、人助けの時しかやる気が出ない、ゆうくんの勇者っぽい生き方が復活したわけだね〜」


 騎士ちゃんが淹れてくれたお茶を飲み、賢者ちゃんを隣に座らせてヨシヨシしつつ、師匠を膝の上にのせて愛でながら、死霊術師さんを足置きにして寛いで、聖職者さんはおれの現状を端的にそう評価した。

 すごい。フルボッコである。もう言い訳の余地がないくらいボコボコにされてる。正直ちょっと泣きそうだ。泣いてもいいかな? 泣かせてください。心がつらいです。


「ゆうくんってほんとに、自分の行動理由に他人を置きたがるよね〜」

「はい」

「そこはゆうくんの良いところだけど、同時に悪いところでもあるんだよ〜。人間っていうのは、本来もっと自分本位な生き物だからね〜」

「はい」

「あは〜。ちゃんとおねーさんの言ってること、わかってる〜? はい以外の返事が聞きたいな〜?」

「すいません」

「謝れって言ってるんじゃないんだよ〜?」

「はい。すいません」


 聖職者さんは、その仕事柄と魔法の特性も相まって、恐ろしいほど観察眼に長けている。

 聖職者さんのやさしい笑顔に、多くの人は惹かれるが、それは食中植物が虫に向けて垂らす疑似餌に近い。甘い微笑みを投げかけ、温かい言葉を与えながら、爬虫類にも似た黄金色の瞳は、いつもこちらをじっと観察している。

 だから、やわらかい声で紡ぐ言葉の数々は、常に人の心の真理を突く。

 さらに、一般の信者を相手にするならともかく、聖職者さんはおれたちに容赦をすることはない。

 そして、人間は本当のことを言われると泣きそうになる弱い生き物だ。


「勇者さん……泣かないでください!」


 隣でドーナツの残りを咀嚼している赤髪ちゃんにも心配される始末である。

 ていうかこいつすごいな、聖職者さんのプレッシャーを前にしてまだドーナツ食えるの? 


「それで、ゆうくんはこれからどうするの〜?」

「どうする、というと……?」

「あは〜。やっぱり何も考えてない〜」


 圧迫面接でもここまで圧迫されねえよってくらいの圧迫感を与えながら、聖職者さんは問いかけの意味を重ねてきた。


「ゆうくんはもう、世界を救った勇者さまでしょ〜? 実績があって、立場があって、世界中の人を信仰を集める存在になってるわけなのだよ〜。きっと、ゆうくんが知らないところで、いろんな人の思惑が勇者っていうシンボルを求めて巡っているよ。それは良いことかもしれないし、悪い企みかもしれないね」


 世界を救った勇者としての自覚を持て。

 これは、陛下にも口酸っぱく言われたことだ。


「今のゆうくんは、多分浅く満ち足りてる状態だと思うんだよね〜」

「浅く、満ちてる……」

「そう。ぐっすり眠って、おいしいものをたくさん食べるのは、とっても幸せなことだけど〜。でも、寝て食うだけで毎日を生きるなら、それは獣の生き方と変わらないよ〜。わたしたちは人間だから、いつもどう生きるかを考えきゃいけない生き物なんだよね〜」


 おれの隣で、赤髪ちゃんが激しく咽た。

 多分「寝て食うだけ」の部分がめちゃくちゃ刺さったのだろう。おれを詰めながら赤髪ちゃんまで刺してくるのが、聖職者さんの言葉のキレである。


「おねーさんが昔から言ってることだけど〜。どう生きるかっていうのは、どう変わりたいかってことだと思うんだ〜」

「……はい」


 聖職者さんの言葉は、いつも人の心の弱い部分を突く。

 けれど、決してそれを馬鹿にしたり、傷つけたままにはしない。


「たとえ話になっちゃうけどね〜。もしも自分がもう一人いたら、なんでも好きなことができちゃうでしょう〜? でも、わたしたちは賢者ちゃんみたいに白の魔法を持ってるわけじゃないから、なんでもかんでもたくさんは選べないよね〜」


 賢者ちゃんを猫をいじり倒すようにぐりぐりと撫で回しながら、淡々と言葉が紡がれる。

 やわらかく、やさしく、あたかかく、あまい。

 聖職者さんの言葉には、じんわりと心に沁み入る、不思議な魅力がある。


「ゆうくんは、世界を救うためにいっぱいがんばったから。だから今度は、本当に自分がやりたいことを探していいんだよ〜。王国で要職に就いてもいいし、孤児院を立てて子どもたちのお世話をしてもいい。いっそぜーんぶなげだして、あてのない放浪の旅に出るのも、楽しそうだよね〜」


 だから、聞き入ってしまう。

 だから、魅了されてしまう。


「もちろん、呪いを解く方法を探してもいい」


 騎士ちゃんが淹れてくれたお茶を机の上に置いて。

 賢者ちゃんを撫でる手を離して。

 膝の上に置いていた師匠を横に移動させて。

 足置きにしていた死霊術師さんを蹴飛ばして。

 立ち上がった聖職者さんは、ぐるりとおれの横にまで回って、座ったままのおれの頭をやさしく包んでくれた。


「さっきは、いじわる言ってごめんね。本当にすごいよ、ゆうくんは。魔王を倒して、世界を救って、たくさんがんばったね」

「聖職者さん……」

「よしよし」


 人の心の、一番弱い部分に寄り添う。

 聖職者さんには、そんな不思議な力がある。


「えらいよ。ゆうくんはえらい。わたしが保証してあげる」

「……」


 普通なら。

 甘えていいのだろうか、とか。

 寄りかかっていいのだろうか、とか。

 人間は他人に頼る時、無意識にそういう自己問答のブレーキが掛かる。

 でも、聖職者さんは違う。

 気がついたら、甘えさせられていて、寄りかかってしまっている。

 そんな聖職者さんの不可思議な力は、きっと恵まれた外見でも、あたたかい声音でもなく、言葉を紡ぐ心に宿っているものなのだろう。


「……聖職者さん、おれ」

「でもやっぱり、何も考えずにふらふらしてるのはダメだと思ったから、今日はおねーさんがゆうくんのやりたそうな仕事を持ってきてあげました〜!」


 ずっこけた。

 ちくしょう。良い空気になったと思ったら上げて落とされた。


「はいはい。やりますよ。やればいいんでしょ、やれば」

「あは〜。素直な子が一番好き〜!」


 話がきれいにまとまってしまったところで、赤髪ちゃんがおれの脇を軽くつついた。


「あの、勇者さん」

「ん」

「聖職者さんはその……何をされていた方なんですか?」


 なるほど。

 たしかに、初対面の赤髪ちゃんにとっては、目の前でニコニコしている聖職者さんは「すごい正論を笑顔で叩きつけてくる得体のしれないこわいきれいなおねーさん」みたいになっているだろう。

 騎士ちゃんはお姫様だ。

 賢者ちゃんはエルフだ。

 師匠は不老の仙人だ。

 死霊術師さんは、社長……じゃなくて、今は会長だ。

 そういう端的な説明を、聖職者さんに関してするならば……


「強いて言えば……『神様』かなぁ……」

「は?」


 比喩ではない。

 誇張でもない。

 おれが世界を救った勇者で、赤髪ちゃんが世界を滅ぼそうとした元魔王なら、


「聖職者さんはね……大陸最大の宗教国家で、神の遣いとして崇められていた人なんだよ」


 聖職者さんは、かつて現人神あらひとがみだった。

 多分、その意味を理解できていない赤髪ちゃんに向けて、聖職者さんは口元で手を合わせて、微笑んだ。


「あは〜。おねーさん、昔はかみさまやってました〜」

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