聖職者さんはさらに圧が強い

「勇者さん、なんだかたじたじですね」

「そりゃあそうだよ。勇者くん、聖職者さんには頭が上がらないもん」

「なるほど。尻に敷かれている、ということですね!」


 おれの後ろで、赤髪ちゃんと騎士ちゃんが好き勝手なことをほざいている。

 まったく、女の子が尻に敷くとか軽々しく言わないでほしい。おれが聖職者さんに頭が上がらないのは事実だけれども。


「あは〜、じゃあ『   』はおねーさんに反抗できるってことかな〜?」

「うぇ!? いや、そういうわけじゃなくて……」


 聖職者さんのやさしい瞳が、騎士ちゃんを標的に定めた。

 おれがだる絡みされているから、自分は大丈夫だと安心しきっていたのだろう。慌てて立ち上がった騎士ちゃんは、最敬礼しそうな勢いで頭を下げた。


「うそうそ。『   』と会うのもひさしぶりだね〜。立派に領主やってるって聞いてるよ」

「はい。ありがとうございましゅ!」


 噛んでるよ。緊張しすぎて噛んでるよ。しっかりしてくれお姫様。

 急に話を振られてあたふたし始めた騎士ちゃんを見て、聖職者さんはゆったりと微笑んだ。おれと一緒に突撃上等無茶万歳の突撃戦術を繰り返していた騎士ちゃんを「女の子がそんなに生傷作っちゃダメだよ。ていうか脳みそ付いてるんだからもっと頭使って戦いなよ〜」と優しく諌めてくれたのが、聖職者さんである。なので、騎士ちゃんは聖職者さんに頭が上がらない。

 その視線が、隣に移動する。


「『   』ちゃんの噂も、こっちにまで轟いてるよぉ。今は王都で学長先生やってるんだよね。すごいなぁ。おねーさんとしても、とっても鼻が高いな〜」

「ありがとうございます」


 にこにこの笑顔が添えられた褒め言葉に対して、賢者ちゃんは謙虚に感謝の言葉を述べた。ただ緊張しているだけともいう。

 王都での修行を経て、クソ生意気なメスガキになって戻ってきた賢者ちゃんを「反骨心は勉学の原動力だね。でも、最低限の礼儀くらいは弁えようか」と、優しく正座させていたのが聖職者さんである。なので、賢者ちゃんは聖職者さんに頭が上がらない。


「『  』さんは相変わらずちっちゃくてかわいいね」

「うむ。ありがとう」


 腕を組んだまま、師匠は答えた。雑な褒め言葉に相応しい、雑な応対だった。まあ、昔からこの二人はこんな感じである。

 そして、もう一人。


「あは〜。どこ行くの? 『        』」

「ひ、ひぃ!?」


 おれたちがそれぞれ絡まれている間にこっそりリビングから逃げようとしていた死霊術師さんを、聖職者さんはただの一声でその場で釘付けにした。

 床に、染みが生まれる。言うまでもなく、死霊術師さんの顔から滴り落ちた冷や汗である。

 武闘家さんにしばかれている時よりも焦りと恐怖を滲ませて、我がパーティーの回復担当は振り返った。


「い、いえそのなんというか……みなさん、元パーティーメンバー同士で旧交を温めたいかなぁ、と思いまして。わたくしのようなお邪魔虫は、空気を乱さぬために退散しておこうかな、と! どうぞわたくしにはお構いなく!」


 すげえよ。

 究極の自尊心の塊みたいな死霊術師さんが、自分のことを「お邪魔虫」って言ってるよ。

 しかし、おれから離れた聖職者さんは、死霊術師さんにつかつかと歩み寄った。


「そんなに気にしなくてもいいのに〜。『        』はゆうくんに置いていかれたわたしと違って、最後までちゃんとパーティーの一員として活躍したんだから」


 おっと。急に死霊術師さんと合わせておれを刺してきたな。

 こわすぎて心臓の鼓動が止まりそうだから、本当にやめてほしい。


「相変わらず、死にたがりやってるのかな? わたしがから、もう自爆はできないと思うけど」

「あ、あ……! ひ、ひぃぃ! 触らないで! わたくしに触らないください!?」

「大丈夫だよ〜。もう敵じゃないからイジらないって〜。ほれほれ〜うりうり〜」

「ひぃいあぁぁ……」


 ねっとりと、嬲るように。聖職者さんの指先が、死霊術師さんの下腹部を撫でて、そのまま這い上がっていく。消え入りそうな声で悲鳴を絞り出しながら、死霊術師さんの顔色は青を超えた真っ青になっていた。

 まだ敵だった頃の死霊術師さんが自分の体に炎熱系術式を仕込んで、悪の四天王として自爆しまくっていた時期に、その戦術に対抗していたのが、聖職者さんである。厳密に言えば、死霊術師さんの無力化は師匠が担当し、聖職者さんは捕縛した死霊術師さんの身体の解析を受け持っていた。全身を静止させられてもふてぶてしい態度を崩さなかった死霊術師さんに対して「あはっ。死んでも生き返るなんて、ほんとに命の冒涜みたいな魔法だねえ。心の底から気に喰わないなぁ。死んじゃえばいいのに〜」と、あれこれしながら絶叫をあげさせていたので、死霊術師さんは普通に聖職者さんとその魔法がトラウマになっている。

 まあ、そもそもの話。敵に回った時の聖職者さんはいろいろとをするので、死霊術師さんが怖がる気持ちも、とてもよくわかる。


「ちょっと勇者さん!? どうして目隠しするんですか!?」

「いや、赤髪ちゃんにはちょっとまだ早いかな〜って思って」


 なんだかえっちな雰囲気なってるからね。仕方ないね。


「というか、わたしは納得できません!」

「赤髪ちゃん?」


 おれの目隠しを跳ね除けて、赤髪ちゃんはビシィ! と聖職者さんを指差した。


「聖職者さん! 勇者さんは、人の名前を認識できない呪いを浴びてるんです! だから、勇者さんの前で皆さんの名前を呼ぶのは」

「知ってるよ〜」

「え?」


 死霊術師さんの身体を一通り弄んで満足したのだろうか。

 聖職者さんは、自分に向かって抗議してきた赤髪ちゃんの頭を、子どもをあやすように撫でた。

 いつも穏やかな印象を受ける黄金色の垂れ目がすっと細くなって、赤い唇が弧を描く。



「だから、わざとやってるの〜」



 再び、おれに向き直って。

 今度は、手のひらだけでなく、おれの体をぎゅっと抱き締めて。


「ほんとに、みんなの名前、わからなくなっちゃったんだねえ」


 噛み締めるように呟いた。

 おれが聖職者さんに頭が上がらないのは事実だけれども。

 が、その実態は陛下の時とは少々異なる。

 聖職者さんは、おれの三人目の仲間だ。

 騎士ちゃんも賢者ちゃんも、おれも含めた今のメンバーの全員がまだ経験の浅い未熟者だった時期に、たくさん助けてもらった。師匠が加入したあとも、パーティーの回復役としてみんなのことを支え続けてくれた。

 死んでも生き返らせてくれるのが、死霊術師さんなら。

 死んでも死なせないようにしてくれたのが、聖職者さんだ。

 だが、おれたちと聖職者さんの別れは、決して穏やかなものではなかった。様々な事情があったとはいえ、おれたちは聖職者さんを置き去りにし、新しい仲間として死霊術師さんを迎え入れて、冒険の旅を続けた。

 だから、うらまれても仕方がない。

 だから、数年間会えなかった。

 背伸びして、顎をおれの肩にのせて。

 耳元で、聖職者さんはなによりも生温い声音で、囁いた。


「ねー。ゆうくん……わたしを置いて、世界を救いに行くから、こんなことになっちゃうんだよ〜」


 はい。いやもう、本当にすいませんでした。

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