聖職者さんは圧が強い

 勇敢。勇猛。命知らず。向こう見ず。狂暴。

 世界を救った勇者を評する言葉はいくつか存在するが、その多くを簡潔にまとめるのであれば「勇気に満ち溢れているが危機感が著しく欠如している、すぐに突撃する狂人」という評になる。

 そして、この評価はおおよそ間違いではない。

 戦いの経験を積むまで。あるいは賢者として魔術を研鑽し、知識を蓄えたシャナ・グランプレが合流するまで。勇者の戦いは、突進と突貫と突撃が基本であった。

 後に、何度死んでも生き返らせることができる死霊術師、リリアミラ・ギルデンスターンがパーティーメンバーとして加わったことで、そんな勇者の悪癖を軸とした戦術は、良くも悪くも完成を迎えてしまったわけだが。当然、リリアミラが加入するまで世界を救う勇者は、死ぬことが許されなかった。

 故に、無理と無茶と無謀を繰り返す彼を、その聖職者は決して死なせなかった。

 勇者が無理をすれば、言い聞かせて叩き伏せる。

 勇者が無茶をすれば、説き伏せて殴り飛ばす。

 勇者が無謀をすれば、叩き伏せて殴り飛ばした上で、ベッドに縛り付ける。

 世界を救った勇者の半生を綴った書物はいくつか存在するが、そのすべてには、一つの共通した記述がある。

 曰く──


「人間が死ぬのは、一度だけ。命は、神様からお借りしたものなんだよ〜」


 ──翡翠ひすいの聖女の祝福がなければ、勇者は世界を救えなかった。




◇◇




「えー、本日は大変お日柄もよく、聖職者さんとの再会を祝うのに相応しい日和で……」

「あは〜、つまんない挨拶だ〜」


 おれの心を込めた再会の言葉は、穏やかな笑顔にばっさりと切り捨てられた。

 聖職者さんは、美人である。

 人間の顔の印象の大部分は、大抵の場合、髪型で決まる。聖職者さんは頭巾を被り、白布ウィンプルでほぼ首から顎までぴったりと肌を隠しているので、その特徴的な髪色すら一切わからない。逆に言えば、人間の顔の印象の大部分を決定づける髪が見えなくても、聖職者さんの顔立ちはまるで神様からの贈り物のように、整っていた。

 繰り返しになるが、聖職者さんは美人である。

 そして、これはおれの持論なのだが、美人の完璧な笑顔ほど、こわいものもない。


「ゆうくん、焦った時に出てくる言葉が取ってつけたようになるの、相変わらずだねぇ。曲がりなりにも、世界を救ったゆうしゃさまなんだから、表面上だけでもさらっと口を回せるようになっておいた方がいいよ〜」

「はい。すいません」

「素直でよろしい。よしよししてあげよう〜」

「はい。ありがとうございます」

「でも、わたしとひさしぶりに会って焦ったことは認めるんだぁ?」

「はい。あ、いや。ちがいます。ちがうんですよ。べつにほら、焦ってるとかそういうのはないです。ほんとです」


 こわいよー。

 再会三秒後の会話の中でダメ出ししながら言質取ってくるのめちゃくちゃこわいよー。

 こてん、と聖職者さんがわざとらしく首を傾げる。首元に下げている教会の紋章をあしらった質素なペンダントが、左右に揺れた。


「ゆうくん、そんなにおねーさんと会いたくなかった?」

「い、いえ。決してそんなことは」

「ざんねーん。ゆうくんが会いたくなくても、会いに来ちゃいました〜!」


 決して、強い力ではない。

 純白のロンググローブに包まれた細い手のひらが、おれの手をやさしく包み込む。

 そして、聖職者さんはおれを上目遣いに見て、唇を尖らせた。


「できれば、自分から会いに来てほしかったけどね」

「……」


 言葉も触れ合い方も、とてもやさしい。やさしいのに、顔から噴き出る冷や汗が止まらなかった。

 頼む。誰か、ハンカチをくれ。

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