アフターゲーム『獅子身中の虫』
偽装して用いていた『紙上空前』とは異なる、本来の『
体の一片に至るまで破壊し尽くされていたはずの、四天王第一位の体が、蘇る。
「おはようございます。リムリリィ」
「……ぼくは、死んでいたのか?」
「ええ。完膚なきまでに」
端的に、その事実を告げられて。
トリンキュロの表情が、歪む。
世界を震撼させた、四天王第一位として、ではなく。悪魔たちの頂点に立つ、絶対捕食者として、でもなく。
「うぁぁぁ! ちくしょう!」
吐き出されたのは、後悔の声。
「くやしい! くやしい! くやしいくやしい! またか!? また勝てなかったのか!? ぼくは! くそっ! くそぅ! ちくしょう! 何度勇者に負ければいいんだよ!?」
駄々を捏ねる赤子のように。
あるいは、純粋に敗北を悔やむ、挑戦者のように。
トリンキュロ・リムリリィは、己の力不足を大声で喚き散らして、発散した。
「ふぅ……」
「落ち着きましたか?」
「ああ、うん。おかげさまで」
けろり、と。
復活したトリンキュロ・リムリリィは、そこでようやく目を細めて、静かに礼をする一人の悪魔の姿を見た。
「……ぼくを蘇らせたのは、きみの仕業か。アハト」
「きみの仕業、とは……また随分と、私を嫌った言い回しをしますね」
「……それはそうだろ。きみが乱入してこなければ、ぼくは勇者を殺せていたかもしれないんだから」
人ではない、最上級悪魔。
魔王の最も尊き使徒たる、十二柱。
第八の獅子。
レオ・アハトは、トリンキュロに向けてゆったりと言葉を返した。
「勇者を殺す? あなた如きが? それは無理でしょう」
四天王の第一位に向けて。
十二柱の第一位である、最上級悪魔に向けて。
レオは、どこまでも小馬鹿にした言い回しで、蘇ったばかりのトリンキュロを詰った。
「むしろ、はっきりしてよかったではありませんか。今のあなたでは、弱体化した勇者すらも殺せない」
「……うん。うん。そうだね」
対するトリンキュロもまた、鼻を鳴らしてその返答を嗤った。
「だから、次は勝てるようにがんばらないと」
「はい。次は勝てるようにがんばってください」
それにしても、と。
トリンキュロは、レオの背中から生える翼をしげしげと眺めて、言った。
「きみも、その体に意識を宿してから、随分長いでしょ? よく我慢できるね?」
「騎士学校に入る前からの付き合いなので、かれこれ十数年になりますが……とはいえ、慣れてしまえば大したことではありませんよ。幸い、私の表の人格は、なかなか愉快な性格をしていますからね。退屈することがない」
「二重人格ってヤツか。キャンサーのヤツも、きみみたいな方法で潜入していれば、無駄に死なずに済んだかもしれないのに」
「それこそ、無駄な想像でしょう。キャンサーの爺様は、人間に体を預けるような真似はしないでしょうから」
「それはそうだ」
彼は、ずっと勇者の側にいた。
その力を試すために、入学直後の彼に決闘を申し込み、友情を育んだ。
そして、その傍らで、彼の命が不用意に奪われないように、心を尽くしてきた。力を蓄え、冒険の旅に出発するまで、勇者を守り続けた。
ゲド・アロンゾが、まだ未熟だった勇者を殺さず、捕縛するに留めたのは、殺してはならない存在として知られていたレオが側にいたから。
アリエス・フィアーが、勇者を魔法で殺さず、騎士学校から追放したのは、彼の嗜好に合わせて、一連の事件が動くように誘導していたから。
サジタリウスが、決闘魔導陣によって『人間への暴力』を禁止したにも関わらず、勇者が彼に蹴りを入れることができたのは……そもそも彼が人間ではないから。
ヒントはあった。
兆候はあった。
けれど、勇者はまだ、その正体に気がついていない。
悪魔の獅子は、息を潜め続けている。
「……さて、このカジノももう終わりだ。大人しく退散することにするよ。ボクはリブラと合流するけど、きみはどうする?」
「今まで通り、親友を見守り続けますよ。それが、魔王様から託された私の責務ですから」
さらりと答えたレオに向けて、トリンキュロは重ねて問いかけた。
「きみの望みはなんだい? レオ・アハト」
「今も昔も、それは代わりません」
翼を肉体の中に戻し、魔法ではない紙の本を取り出して、レオは微笑んだ。
「あなたという敵がいれば、我が親友はこの世界で、勇者として在り続けるでしょう」
魔王は死んだ。世界は救われた。
しかし、舞台の上で踊れる役者たちは、まだ健在だ。
「ボクは
世界を救った勇者の戦いは、まだ終わらない。
悪魔たちは、新たな
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