アフターゲーム・賢者の心配事

 ルナローゼ・グランツが、新たにグランツ運送という祖父の会社を相続することに決まった、数日前。

 世界を救う戦いの延長線とでも言うべき、四天王トリンキュロ・リムリリィの戦いの、翌日。

 勇者パーティーの賢者、シャナ・グランプレは、色濃い戦いの爪痕が残るカジノホールで、黙々と調査を続けていた。

 自分の魔法を最大限に用いて、複数人に増えた上で魔術による精査を続ける。それは客観的に見ても、やや過剰とも言える調査だった。


「精が出ますね。賢者殿」


 爽やかな声音で労いの言葉を掛けられ、シャナは振り返った。もっとも、振り返ったのは一人だけで、残りのシャナたちは黙々と作業を続けている。


「……リーオナイン騎士団長」

「レオで構わないよ。賢者殿。今は我が親友もいないことだしね」

「では、レオさん。私に何かご用ですか?」

「もちろん、用があるからこうしてキミに声を掛けに来た」


 やはり爽やかな笑いを重ねがら、レオ・リーオナインはシャナの肩に手を置いた。


「いろいろと気になることが多いのはわかるけど、無理はしない方がいい。複数人に増えることができるキミの魔法はたしかに素晴らしいが、それはべつに疲労がゼロになるわけじゃないからね」

「勇者さんに『賢者ちゃんはどうせ無理をしているだろうから、お前から休むように言ってほしい』とでも頼まれましたか?」

「ははっ……さすが、賢者殿はなんでもお見通しだ」

「ええ。私は賢いですからね」

「しかし、そこまでわかっているのに無理を押し通しているのは、あまり賢明な行動とは思えない。現場の保全は、イト先輩の第三騎士団で受け持つことができる。ここは親友の思いを汲んで、一度休まれては如何かな?」


 理路整然とした、レオの忠告と思いやり。

 それを聞いたシャナは、どこか遠くを見ながら呟いた。


「魔王がどのように死んだのか、あなたはご存知ですか?」

「……いいや? 親友も、魔王を殺したことに関しては、いろいろと思うところがあるようでね。詳しい話を聞いたことはないよ」

「魔王にトドメを刺したのは、勇者さんです。、アリアさんが息絶えた体のすべてを灰に変わるまで焼き尽くして、完璧に殺しました」


 体の一部、骨の一欠片すら残らないほどの、激闘の果て。魔王は死に、世界は救われた。

 しかし現実として、魔王は蘇った。

 記憶も肉体も異なる、赤髪の少女として。


「死んだ人間を蘇らせる手段として、私たちが最もよく知る魔法は、リリアミラさんの『紫魂落魄エド・モラド』です」

「死霊術師殿の、紫の魔法。アレはたしかにすごいね。死んだ人間を生き返らせるなら、アレ以上の魔法はないんじゃないかな?」

「そうですね。でも、この世にはまだ……私たちの知らないあれ以上の魔法があるかもしれません」


 死んだはずの魔王が、蘇ったように。

 死んだはずの四天王第一位が、再び姿を現したように。

 人の生死を指先一つで自在に操る『紫魂落魄エド・モラド』超える魔法が、存在するのだとしたら。


「トリンキュロ・リムリリィは、また蘇るかもしれない。あるいは、自分が死んだ時のために、何らかの保険を残しているかもしれない。そう考えると……安心できないんです」


 賢者らしからぬ、弱音の吐露。


「なるほど。キミの心配はよくわかった」


 それに一つ頷いて、レオは腕を組んだ。

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