勇者は死霊術師さんを殺したい
どこに何を根回ししたのかはもはや知ろうとも思わないが、死霊術師さんは無事に無罪放免、取調室から開放という運びになった。よかったね。
「それで、先輩さま? 愚かにもわたくしを陥れようとした下手人は、ちゃんと捕まえてくださったのですか?」
いけしゃあしゃあと、素知らぬ顔で死霊術師さんがのたまう。図太いという言葉を擬人化させて、美しく飾り立てたら、きっとこの人の形になるのだろう。それくらい図太い態度だった。
「ねえねえ、後輩。なんでこの人、面の皮こんなに厚いの? どこまでいけば、人はここまで開き直れるの?」
「よくわかんないですけど、世界を滅ぼそうとした魔王を裏切ったりすれば、こんな風になれるんじゃないですかね?」
三人で、大して広くない廊下を並んで歩く。おれが真ん中に立っていないと、先輩が死霊術師さんを切り刻んでしまいそうなので、やむを得ない措置である。
「それで実際、他の繋がりはどうなんです?」
「会社の幹部の一人に、最上級と契約した痕跡があったよ。四天王第一位と取引があった事実も、確認済み」
「なんという……このわたくしが、裏切られるなんて……そんなことが!?」
「……」
「だめですよ、先輩。そんな「どの口が言ってんだこいつ」みたいな顔で死霊術師さんを見ても、なんの意味もないです。慣れてください」
「これに慣れるのはちょっとどうかと思うよ、後輩」
言いながら、先輩が先ほどよりは少し広い部屋の扉を開く。
二人が並んで座れる程度の広さの机の前には、拘束衣に目隠し、口加までされた男が、椅子に座らされていた。
「じゃあ、面の確認してくれる?」
「ええ。うちの重役の一人ですわね。少し、お話させていただいても?」
「どうぞどうぞ。それで得られる情報があるのなら、願ったり叶ったり」
個人的な感情と仕事の成果はさすがに分けて考えているのか、フラットな声で応えた先輩は、手だけで部下に指示を出した。
重役さんの顔周りの拘束が解かれる。
開口一番、死霊術師さんは言い放った。
「最初から、四天王第一位の指示でわたくしの会社に潜り込んでいたのでしょう?」
「……っ」
重役さんの表情が、明確に歪んだ。
それはきっと、ひさしぶりに目を開いた眩しさが理由ではない。
「残念です。わたくしは、あなたのことを、それなりに高く評価しておりました。たとえあのクソロリ悪魔の息が掛かった人間だったとしても、黙って我が社に利益をもたらしてくれるのなら、見逃してあげてもよかったのですよ?」
如何にも死霊術師さんらしい言い分だった。
「……社長。私があなたについていった理由は、一つ。あなたが……我らが王の、最も尊き四人の使徒。その第二位に、人の身でありながら座していた、稀代の魔法使いだからだ」
「あらあら、どこかで聞いたような薄っぺらい褒め言葉ですわね」
「かの王の思想は、ある意味では……我々人間にとっても、正しいものだった」
こいつ、魔王の信者か、と。
おれの隣で、先輩が低く呟いた。
「王を裏切ったあなたが、王の亡き世界で、どのような世界を作るのか……私は興味があった。しかし、失望した。あなたに、かつての四天王の面影はもうない。牙を抜かれた犬も同然だ」
「よく喋ることですわね。ぜひ、これから続く取り調べでも、それくらい口を回してほしいものです」
「あなたの方こそ、強がりはそこまでだ。会社の株式は、こちらで確保してある。私の再起はもはや望めないが……私以外にも、あなたを後ろから刺したい人間は多い。あなたが社長の座に返り咲き、会社を再始動させるためには、長い時間がかかるだろう。違うか?」
勝ち誇る重役さんの言葉に対して。
おれと死霊術師さんは、黙って顔を見合わせた。
そして、ゆったりと死霊術師さんが告げる。
「会社の株式なら、もう買い戻しましたが?」
「……あぇ?」
驚くとか、驚愕で目を見開く、とか。
そういう感情を通り越して。
重役さんは、口を開いたまま、完全に固まった。
かわいそうに。
人間は驚きすぎると、こんな顔になっちまうんだなぁ。
「か、買い、戻した……?」
「ええ、もう買い戻してあります。わたくし、自慢ではありませんが、いくら殺されても、生き返ることは少々得意なので」
「そ、そ……そんなバカなことがあるかぁ!?」
ようやく告げられた事実に理解が追いついてきたのか、叫びが漏れ出し、拘束された椅子が大きく音をたてて揺れる。
「あれだけの規模の会社の株式だぞ!? いくら資金を投じるにしても……そもそも、あなたの口座も、まだ凍結は解かれていないはずだ!」
「あら、その読みは正しいですわね。まったく、お役所仕事は手が遅くて困りますわ〜。早く元に戻ってほしいものです」
「だったら!? どこから資金を用意した!?」
「借りました」
「か、借りっ……? そんなもの、どこから……あ」
重役の視線が、これまで話の蚊帳の外だったおれの方へ、向けられる。
手を挙げて、おれは答えた。
「はい。貸しました」
今更ながら、おれは世界を救った勇者である。
地位や名声やら土地やら……恩賞やら、そういうものは大体いただいてるし、特に使う当てもなかったので、貯め込んでいる資産はそれなりにある。
今回は死霊術師さんに「勇者さま〜、倍にしてお返しするので、お金借してくださいな」とお願いされ、仕方なく動かせる資産のほとんどを貸した次第である。まあ、死霊術師さんが倍にして返すといえば、倍になって返ってくるのは間違いないので、おれにとっても悪い話ではない。
「い、一体どれだけの……」
「どれだけというと……これくらい?」
指で数字を作る。重役の表情が、目に見えて引き攣った。
隣で先輩が「スケールでかぁ……」と小さく呟いた。
「なぜだ……」
「はい?」
「なぜだ!? 勇者殿!」
疑問の矛先が、こちらに向く。
「おかしいだろう!? こんな……こんなイカれた女に! 世界を救ったあなたが! どうして手を貸す必要がある!? 何の理由があって救う!? なぜ、そこまでする!?」
「……うーん、そうですね」
唾を吐き散らすような勢いで捲し立てられたひどい言葉を、おれは簡単に肯定した。
「庇うつもりはありません」
死霊術師さんが、会社を立ち上げるに至った動機や思いとか。
死霊術師さんが、会社を通じて社会にしてきた貢献とか。
彼の言葉に対して、それを庇う形で返す言葉は、いくらでもあるだろう。そうして庇えるだけの実績を、死霊術師さんは積んできたはずだ。
しかし正直なところ、そんなものはどうでもいい。
「ただ、一つだけ言うのなら」
今も昔も、おれと死霊術師さんを繋ぐものは、
──簡単ですわ。いつか、わたくしを殺してください
あの時の約束だけだ。
だからきっと、これはささやかなおれのエゴなのだろう。
これまでも、これからも、それで構わない。
男の肩に、手を置く。
瞳を見て、告げる。
「彼女を殺すのは、おれだ。邪魔をするな」
横槍を入れる不届き者は、排除するだけだ。
「……くそっ」
すべてを諦めたような悪態と共に、聞こえたのは柔らかいものを引き裂く音。
重役の唇から、血が吹き出た。
舌を噛み切って、自決を図ったのだろう。
しかし、無駄なことだ。
「死霊術師さん」
「ええ」
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
よっつ。
四秒。数えただけで、すべてが元通りになる。
「いけませんよ? そんな簡単に、楽になろうとしては」
「あ、ああ……あ」
裏切り者の頬を、死霊術師の指先が、どこまでも優しく撫でる。
「死とは冷たく、恐ろしく、悲しいもの。しかし同時に、それを望む人にとっては、甘美な終わりでもあります」
彼は、ようやく気がついたようだ。
「あなたには、まだまだお聞きしたいことがたくさんあります。何回死のうとしても、わたくしが手ずから生き返らせて差し上げますから……どうかご安心くださいな」
自分はもう、楽には死ねないということに。
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