死霊術師さんは、まだ死なない
後日談というか、おれたちの、あのあとのお話。
リリンベラの裏カジノは、やはりというべきか四天王第一位の息がかかった人間で運営されており、以前から知られていたオーナーは、既に殺害されていた。おそらく、あのクソロリ悪魔が成り代わっていたのだろう。先輩の第三騎士団によって、繋がりのあった人間はほとんど捕縛したようだが、明らかになっていない資金の流れも多く、調査は今後も続けられるらしい。
どれほどの金が、どこに流れていったのかはあまり想像したくない。しかし、最上級の生き残りがジェミニやサジタリウスだけだったと考えるのは、あまりにも希望的な憶測だ。次の悪事の種になる前に、摘み取らなければならないだろう。
幸いにも、と言っていいのかはわからないけれど、サジタリウスに敗北して地下に送られていたギャンブラー達はそのほとんどが健康そのものといった感じで、社会復帰にも問題はないのだとか。たまに楽しむ分には構わないが、これからは違法な賭博には手を染めず、ぜひとも真っ当な道を歩んでほしいものである。
そして、おれたちを散々に巻き込んだ死霊術師さんは、というと……
「さてさて。それで、今回の事件の中心にいた、あなたの処遇についてなんですが」
「はい。わたくしの今後について、ですわね? 勇者さまと幸せになります」
狹苦しく、薄暗い取調室にて。
騎士団長から直々に事情聴取を受ける死霊術師さんは、のほほんとそう言い切った。
「うん、うん……そっかぁ!」
先輩は美人の極みのような笑顔でにこやかに頷き、机の端に立てかけていた愛刀を気軽に手に取り、鮮やかに抜き放って、その美しい白刃をぎらつかせた。
「先輩、だめです。落ち着いて、剣抜かないで」
「離して、後輩。今ならわたし、斬れる気がするんだ。この女の首」
「ステイ。ステイですよ、先輩。ここで殺人事件を起こさないでください」
おれは全力で先輩を羽交い締めにしながら、なだめすかして語りかける。
「結局、死霊術師さんと四天王第一位が繋がっていた証拠は、なかったんでしょう?」
「……」
それはもう、とてもわかりやすく。
むっすぅ、とした顔で、先輩は愛刀を鞘に収めた。なんというか、相変わらずというか、いくつになっても変わらないというか、子どもっぽいというか。この人は、こういう表情の変化がいつもわかりやすい。
そう。結局のところ、今回の事件において死霊術師さんはまったくの潔癖。巻き込まれた側であった。
まあ、実際にはそれより前の赤髪ちゃんの件というか、ジェミニの事件というか、魔王復活に関連する一連の出来事でがっつり最上級と関わってはいたので、真っ黒であることは紛れもない事実ではあるのだが、
「おほほほ……それは当然のことです。だってわたくし、悪いことなんて何もしておりませんので。この身は純白、汚れなき無罪放免ですわ」
そんな黒に紛れてしまうのが、紫という色の恐ろしさである。
溜め息を一つ。わかりやすく吐き出した先輩は、取調室の安っぽい椅子に腰を下ろした死霊術師さんに、少しずつ詰め寄っていく。
「ねえねえ、死霊術師さん」
「なんでしょう? 剣士さま」
「正直、確たる証拠がないとはいえ、わたしはあなたのことを黒だと思っているんだけど」
「信頼が得られなくて寂しいことこの上ないですが、致し方ありませんわね」
「今回の事件が終わったあと、あなたへのこれ以上の追求は控えるようにって。上から釘を刺されたんだよね」
わかりやすく威圧したわけではない。剣を持ち出したわけでもない。
ただ片方の瞳だけで、射殺すような視線を向けて、先輩は死霊術師さんの首筋にそっと手を添えた。
「あなた、また何かした?」
「さて、何の話か、わたくしにはわかりかねます」
あくまでも穏やかな笑みを浮かべたまま、死霊術師さんはそう言い切った。
うん。間違いない。
何かしたんだろうなぁ……
◇
「スターフォード」
「はい。陛下」
送られてきた書状を眺めながら、指先がテーブルを鳴らす。
「ギルデンスターンは、これからも使える女だな」
「私もそう思います。しかも、しぶとい女です。彼女は殺しても、決して死にませんから」
「お前が言うのであれば間違いなかろうよ」
「恐縮です」
「こまった女だ。正直、お兄ちゃんの隣からは、もう消してやろうかと思ったが」
さらに、もう一つ。勇者と死霊術師の駆け落ちが、誤報であったことを告げる号外記事。
それを破り捨てて、まだ幼い女王は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「まあ、まだ利用価値があるのなら、生かしておいてやろう」
「いやあ、あいつの結婚がまだでよかったですなぁ、陛下。心の準備ができていなかったのでしょう?」
「不敬だぞ、貴様」
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