世界一くだらない遊び

 ──サジは、どうしてゲームが好きなの? 


 魔王と呼ばれる少女が、まだ魔王ではなかった頃に、そう聞かれたことがある。

 理由は、いくらでも考えられた。

 さして労せずに金を稼げるから。

 腕っ節の強さが関係ないから。

 自分の魔法は、ゲームで最も活かせるから。

 いくらでも答えを出すことはできたはずなのに、それを口にできなかったのは、結局のところ、自分が出そうとした答えに納得がいかなかっただけなのかもしれない。

 ゲームは素晴らしい。テーブルを挟んで向かい合った瞬間から、立場も地位も人種も種族も、すべてを忘れて興じることができる。

 友がくれた言葉は、サジタリウスにとっても大切なものだったが、それがそのまま自分にとっても正解であるかというと、微かな疑問が残った。


 ──いつか、ちゃんと教えてね? 


 答える前に、少女はこの世を去ってしまった。

 答えを見つけないまま、自分はここまで来てしまった。


「では、はじめるか……」


 悪魔と勇者の最終決戦が、幕を開ける。


「で、なにやるんだ?」


 勇者が問う。

 サジタリウスは、懐に手を入れた。


「ククク……手持ちの中で、無事なカードはこれくらいしかない」

「うわ、さっきのシュヴァなんちゃらか……」

「シュヴァリエ・デモンだ」

「じゃあそれで。先攻後攻決めるか」

「良いだろう」

「じゃあ、最初はグー、じゃんけん……」

「オレは『パーで勝つ』ぞ」

「ぽっ……! おい! それはずるいだろ! ずるいってサジ! おい!? 魔法使うのはずるだって!」

「ククク……オレの先攻!」

「待て待て待て! もっかい! もう一回じゃんけんからやり直せ! やり直そう!」

「これがオレの本気だ」


 ぐだぐだだった。

 段取りも雰囲気もクソもない。

 だが、悪くないとも思う。

 大人気なく先攻を取って、カードを引き、手札を整えながら、サジタリウスは笑う。

 金を賭けているわけではない。

 命を賭けているわけではない。

 プライドすらも賭けていない。

 子どものように地べたに座り込んで、ただ同じ時間を共有して、遊ぶ。

 それが、少しだけおかしくて。

 それが、なぜかとても楽しかった。

 勇者とサジのやりとりを見て、最初は困惑したように顔を見合わせていたパーティーの面々も、周りに集まってくる。


「あ、勇者さん。そのカード出したらダメですよ。絶対弱いですよ」

「え。マジ?」

「勇者さま、本当にゲームのセンスはからっきしですわねー」

「うるさいよ死霊術師さん」

「えー、なにこれ楽しそう。いいないいな。あとでワタシもやりたい」

「はいはい。こういうのは順番ですよ先輩」

「勇者さん! わたしにもあとでルール教えてください」

「もちろん。おれが教えるから、赤髪ちゃんも一緒にやろう」

「いや現在進行形でボコボコにされてるのによくそんなこと言えるね勇者くん」

「黙れ、騎士ちゃん。おれはまだ負けてない」

「じゃんけんから負けてるんですよね」

「勇者。次、右から二番目のカード、出したほうが強い」

「はい師匠!」

「サジ! いいんですか!? 外野からめちゃくちゃアドバイスが飛んでいますよ!」

「ククク……問題ない、ルナ。むしろ、オレにはちょうど良いハンデだ。それとも、この程度のアドバイスでオレが負けると思うか?」

「いいえ! まったく思いません!」

「フフフ……そういうことだ」


 決闘魔導陣の周囲に、全員が集まって、ああだこうだと言いながら、騒ぎ立てる。

 どこか弛緩した空気の中で、全員がゆったりと、勇者とサジタリウスの勝負を眺めて、笑顔になる。


「あ、サジ。それ待って」

「ククク……だめだ。待ったなしだ」

「ずるいぞお前!」

「いや普通にプレイしてるだけだからズルくもなんともないぞ」

「これ無理だろ。絶対勝てないって」

「いや、そうでもない。たとえばさっき、このカードを出しておけば……」

「え? うお、本当だ。たしかにこれならわりとなんとか……」

「まあ、なんとかはならないんだが。ではアタック」

「あああああああ!」


 対面に座る相手の顔を見て笑う。

 次に引くカードを予想して、心を踊らせる。

 何も賭けていない勝負が、ただの遊びのはずなのに、こんなにもおもしろい。


「なあ、サジ」

「くどいぞ、勇者。今更、待ったはなし……」

「楽しいな」

「……ああ。そうだな」


 楽しい、と。勇者はその感情を、言葉にしてサジタリウスに伝えてくれた。

 ゲームは、一人ではできない。

 誰かと向き合って、誰かと言葉を交わさなければ、楽しめない。

 一人ではできないそれを好む自分は、きっと隣にいてくれる誰かが欲しくて。ずっと、一緒にそれを遊んでくれる相手を探していて。


「ひとりぼっちが、いやだったんだな。オレは」


 そんな簡単な答えに。

 そんな自分の心の形に、ようやく気付かされた。


「え?」

「気にするな。くだらん独り言だ」


 そして、楽しい時間というものは、皮肉にもいつもあっという間に過ぎていく。


「……オレの勝ちだな」

「ああ。おれの負けだ」


 世界を救った勇者と最上級悪魔の、世界で最もくだらないゲームが、終わる。


「誇れよ。サジタリウス・ツヴォルフ。勇者をこてんぱんに負かしたまま、勝ち逃げできる悪魔はお前だけだ」

「そうだな。あの世への、良い土産ができた」


 限界が、近付いていた。

 呟いたサジタリウスの指先が、少しずつ、掠れて砂に変わっていく。

 時間がない。

 けれど、まだやるべきことは残っている。

 サジタリウスは、己の胸に手を当てて、簡潔に告げた。


「勇者、オレを殺せ」


 勇者が、目を見開いた。

 黒の魔法を持つ人間が、悪魔を殺す。

 そこには、ジェミニの時と同様に、魔王が遺していった重要な意味がある。


「人の魂を喰らっていないオレは、間もなく力尽きるだろう。その前に、オレの魔法をお前に託す」


 自分の『妄言多射レヴリウス』は、そこまで強力な魔法ではない。しかし、十二柱の一つ、悪魔法である事実に、変わりはない。

 元から最弱であったこの身よりも、きっと勇者のほうが自分の心を使いこなしてくれるだろう、と。サジタリウスには、そんな確信があった。


「世界を救った勇者に使われるのなら、本望だ。オレを殺して、黒の魔法に……」

「やだ」

「……は?」


 今度は、サジタリウスが目を見開く番だった。

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