勇者と悪魔の最後のゲーム

「ククク……やったか?」

「お前マジでそういうこと言うのやめろ。しばき倒すぞ」


 コイツがそういうことを言うと、本当に洒落にならない。

 ボロボロのサジタリウスの頭に、おれは容赦なく拳を叩き落とした。


「何をする。オレは怪我人だぞ。全身から血が出ているんだぞ。もっと丁重に、花のように扱え」

「安心しろ。その程度……体にいくつか穴が空いたくらいじゃ、人は死なない。おれが保証する」

「ククク……オレはか弱い悪魔だぞ。貴様のようなバケモノの保証など当てになるものか」

「逆じゃないか?」


 ぎゃーきゃーと騒ぎながらも、それだけの軽口が回る元気があることに、とりあえずはほっとする。

 ふらふらと覚束ないその足取りに肩を貸す。


「なあ、サジタリウス」

「なんだ、勇者」

「お前、体は大丈夫か?」

「何度も言わせるな。大丈夫なものか。全身が悲鳴を挙げている。すごく痛いぞ。今にも泣き叫びそうだ」

「いや、そうじゃなくて」


 周囲にいる、誰にも聞かれないように。

 特に、こちらに向けて駆け寄ってくる、秘書子さんに気づかれないように、おれは声を落として問いかけた。


「ケガの話じゃないんだ」

「フフ……では、何の話だというんだ?」


 肩車した時もそうだった。肩を貸している今も、それを感じる。

 こいつは……ちょっと軽すぎる。



「人の魂を喰ってないお前の体……もう限界なんじゃないか?」



 軽口が止まる。

 こちらに寄り掛かることで感じられていた体重の重さが、さらに軽くなった気がした。


「ククク……いつ気付いた?」

「気付いたというよりも、そうだろうなっていう……予想だな」

「どうやら貴様は、どこまでもオレを善人にしたいようだな」

「いや、善人ではない。お前がクズでカスのヒモであることに疑いは持ってないけど」

「疑え」

「でも、何もかも全部……好きな人のために、お前が行動してたっていうのは、なんとなくわかるよ」

「……フフフ。そうだな」


 ふらついていた足に、力が籠もる。

 落ちていた視線が、前を見る。


「惚れた女のためなら、どこまでも馬鹿をやれてしまうのが、男という生き物だ」


 おれは頷いた。


「違いない」


 四天王第一位は、倒した。

 勝負は決した。

 しかし、おれという勇者と、サジタリウス・ツヴォルフの決着は、まだついていない。

 肩を貸すのをやめて、おれとサジは向かい合う。


「サジ! サジ! 大丈夫ですか!? 怪我は……」

「少し、離れていろ」

「えっ……?」


 サジタリウスの足元から、光が浮かぶ。

 こいつが使う魔術は、一つだけ。

 それは、今まで散々に苦しめられてきた、決闘魔導陣。


「そういえば、師匠との三本勝負ってどうなったんだ?」

「ククク……稀に見る泥試合……ではない、歴史に残る知略を尽くした名勝負だったぞ。しかし、オレもこの場に駆けつける必要があったからな。幼女に土下座して、一勝一敗で切り上げてきた」

「ああ、それならちょうど良いな」


 師匠には悪いけれど、喉をやられて回復にも時間がかかるだろうし。

 決着をつける三戦目は、おれに譲ってもらうとしよう。


「ククク……勇者よ。決闘を……」

「あー、待て待て」


 待ったをかけた。

 キザったらしく、おれに質問を投げかけようとしてきた、イケメンの声を遮る。

 整った顔立ちが、不満気に歪む。

 申し訳ないが、しかしここは譲ってもらおう。

 おれは、勇者だ。

 世界を救った勇者だ。

 自慢じゃないが、そこそこ強かった。

 負けたこともあるが、大体最後は勝ってきた。

 なので、おれの本質は、結構負けず嫌い……なのだと思う。多分。


「おい、サジ。リベンジいいか?」

「……フフ。ああ、もちろんだ」


 今度は、整った顔立ちが、嬉しそうに笑った。


「承諾しよう。勇者の挑戦を」


 今度は、おれが挑む側だ。

 踏み締めた革靴を起点に、決闘魔導陣の展開が完了する。

 サジタリウス自身が弱っているせいだろうか。その光も、展開の規模も、先ほどよりずっと弱い。

 けれど、おれの前に立つギャンブラーは、たとえズタボロで血だらけであっても、先ほどよりもずっとずっと手強そうだった。


「フフ……もう一度、ルールを説明しておこうか。この決闘魔導陣の中で厳守されるべき約束は、四つ。第一に、この決闘の場に囚われたものは、決着がつくまで外に出ることはできない。第二に、魔導陣の中における一切の暴力行為を禁じる。第三に、この魔導陣の中で行われる決闘の勝敗は、遊戯において決するものとする」


 指折り数えて、サジタリウスは笑う。


「そして、四つ」


 一つ、ルールが増えていることは、すぐにわかった。


「オレの最後のゲームだ。存分に楽しんでいけ」


 テーブルはない。

 椅子もない。

 ディーラーも、賭ける金もない。

 それでも、まるで無邪気な子どものように。

 おれとサジは、向かい合って地面に腰を下ろした。


「さあ、勇者よ。ゲームをはじめよう」

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