合成色魔法
骨を断つ鋭さを伴うイトの手刀とは、真逆だった。
風を撫でるように、イトの胸にやわらかく触れたトリンキュロの手。しかし、そこからもたらされる合成魔法の効果は、トリンキュロが満を持して選び取り、融合させたものだ。
襲い来るのは、激痛。
崩れ落ち、倒れたイトの全身が、猛毒を浴びたように痙攣する。
「っ……!」
「麻痺の効果を持つ『
これで、自分に対してトドメを担う剣士は潰した。
とはいえ、トリンキュロも支払った代償は重い。
「ここで、脚を狙うとはね……」
太ももから完全に両断された片脚で体重を支えきれず、四天王第一位は、堪らず片膝をついた。蒼の魔法の影響だろうか。『
「やるねぇ。ユリシーズ」
トリンキュロの口から、素直な称賛が溢れ出たのと、同時。
急拵えの壁が、粉々に砕け散り、勇者とその師匠が現れる。倒れ伏したイトを見て、勇者の表情が険しさを増した。
「……師匠、挟んでください。死ぬまで殴り潰します」
「おっけー」
「やめてくれよ。こっちは動けないんだから」
二人だけではない。
「親友!」
「ああ」
勇者がレオの体に触れる。
勇者が倒れ込んだイトを見る。
たった二つの動作で、動けないイトとレオが入れ替わる。
動けなくなった味方を逃しつつ、最適な間合いへと、動ける味方を送り込む。
「本当に良い連携だよ」
振り上げられた槍を見上げて、トリンキュロは息を吐いた。
蒼の魔法を潰した今、トリンキュロの『
が、魔法効果を貫通して打撃を通す……勇者とムムの磨き上げた技量で殴り切られた場合、人間とは異なる肉体を持つ最上級悪魔も、さすがに死ぬ。
生半可な魔法では、黒輝の勇者と黄金の武闘家をあしらうことすらできない。
トリンキュロは、左右を確認する。イトに断絶された右足の形成は、まだ完了していない。
──新しい魔法が必要だ。
片足、一本。跳ねるようにぎりぎりで繰り出された槍の穂先から逃れながら、トリンキュロはそれを決断する。
喰らったばかり。奪ったばかりだ。
試運転すら、まともにしていない。
自分にとっても、大きなリスクを伴う行為。
「でも……できるよね」
イト・ユリシーズの潜在能力が、戦いの中で引き上げられていったように。
四天王第一位も、戦いの中で、かつての獰猛さを取り戻しつつあった。命の取り合い。心を塗り潰し合うゲーム。自分が全力を向けるに相応しい相手。
最上級悪魔のポテンシャルが、引き上がる。
万全の闘争心を伴って、トリンキュロ・リムリリィは、再び両手を合わせる。
「
模倣した魔法を使用する、アニマイミテーション。
模倣した色魔法を使用する、カラーイミテーション。
模倣し、使いこなしたそれらを重ねることで生み出す、新たな魔法の創造、イミテーションクロス。
トリンキュロの色魔法『
「
当然、色魔法を混ぜ合わせれば、その魔法出力は、さらに増す。
「混ざれ……イミテーションクロス──」
体の内から湧き上がる高揚感。
新たな自分が、薄く細く、広がっていくような全能感。
その高揚の熱に身を委ねて、トリンキュロは叫ぶ。
「──『
触れたものの温度を自由自在に変化させる、紅蓮の魔法『
触れたものを周囲へと拡散させる、群青の魔法『
それらを混ぜ合わせた答えが今、示される。
トリンキュロを中心に拡散する熱波。身を焦がすような灼熱の風が爆発し、周囲を無差別に巻き込んだ。
勇者を、レオを、ムムを巻き込んだその熱波は、相手を即死させるような火力……ではない。
「合成魔法にしちゃ、しょぼいって思っただろ?」
沸騰する熱の中で、どこまでも涼し気に悪魔が嘯く。
「ボクは基本的に最強だけれど、正面から戦って破れなかった魔法が、二つある。魔王様の『
自分の肉体に害をなすもの、全てを静止させる。
ムム・ルセッタの魔法は、絶対無敵の、勇者パーティーを守護する盾。
しかし、生存のために必要な呼吸……肺に取り込み、吐き出す空気までは、静止できない。
「きみに届き得る攻撃は……やはり仲間の魔法のようだね」
気道熱傷。
急激に加熱され、拡散した空気からは、黄金の武闘家といえど逃れる術はなかった。
「……くふっ」
口から零れ落ちた血を吐き出して、ムムが膝を折る。
どれだけ長い時を生きていたとしても、体の作りは子どものそれ。呼吸を担う気道へのダメージは、重くのしかかる。
同様に動けなくなったレオを、見かけだけはなんとか取り繕った片足で軽く蹴飛ばして、トリンキュロはほくそ笑んだ。
「うん。ぶっつけ本番にしては、上等かな。即死しない体の中へのダメージってのが、また素晴らしい。これで──」
もう終わりだろう、と。
そんな軽い確信を抱いたトリンキュロは、振り返って気付いた。
口元を抑え、今にも息絶えそうな勇者の胸に、一本の矢が突き刺さっていることに。
「オレが放った矢は『勇者の心臓を射抜く』」
悪魔が、実現の言葉を紡ぐ。
仲間であるはずのサジタリウスが、魔法の力を利用して、勇者の胸を射抜いた。
味方への攻撃。その行動が示す結果は、一つ。
突き刺さった矢を引き抜いて、赤い血と共に勇者が吐き出す。
「──
今にもへし折れそうな、一本の矢と入れ替わって。
まるで幼い少女が、恋人の胸へ無邪気に飛び込むように。
「はい。勇者さま」
一糸纏わぬ裸体のまま、転移したリリアミラ・ギルデンスターンが勇者に抱きついた。
致命傷にならない攻撃、という『
さらに上回る、仲間の補助による間接的な自殺と、リリアミラの引き寄せという対策への対応。
トリンキュロの『
リリアミラが勇者を『
傷を治すという観点から言えば、その回復性能は、比べるまでもない。
「ちぃ!」
トリンキュロの攻撃が届くよりも、早く。
蘇生が完了した勇者が、息を吹き返す。
「返せ」
「あ?」
「それは……騎士ちゃんの魔法だ」
「……ははっ!」
堪らず、乾いた笑いが漏れた。
自分から死んでおいて。死の淵から舞い戻り、息を吹き返した第一声が、それとは。
「本当にお前は……どこまでも勇者だなァ!」
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