合成色魔法

 骨を断つ鋭さを伴うイトの手刀とは、真逆だった。

 風を撫でるように、イトの胸にやわらかく触れたトリンキュロの手。しかし、そこからもたらされる合成魔法の効果は、トリンキュロが満を持して選び取り、融合させたものだ。

 襲い来るのは、激痛。

 崩れ落ち、倒れたイトの全身が、猛毒を浴びたように痙攣する。


「っ……!」

「麻痺の効果を持つ『虎激眈眈アリドオシ』を『我武修羅アルマアスラ』で強化した。悪いけど、五分程度は口を開くことも叶わないと思うよ」


 これで、自分に対してトドメを担う剣士は潰した。

 とはいえ、トリンキュロも支払った代償は重い。


「ここで、脚を狙うとはね……」


 太ももから完全に両断された片脚で体重を支えきれず、四天王第一位は、堪らず片膝をついた。蒼の魔法の影響だろうか。『自分可手アクロハンズ』で義足を形成して接合しようとしても、上手く繋がらない。再生が『断絶』の概念によって、阻害されている。


「やるねぇ。ユリシーズ」


 トリンキュロの口から、素直な称賛が溢れ出たのと、同時。

 急拵えの壁が、粉々に砕け散り、勇者とその師匠が現れる。倒れ伏したイトを見て、勇者の表情が険しさを増した。


「……師匠、挟んでください。死ぬまで殴り潰します」

「おっけー」

「やめてくれよ。こっちは動けないんだから」


 二人だけではない。


「親友!」

「ああ」


 勇者がレオの体に触れる。

 勇者が倒れ込んだイトを見る。

 たった二つの動作で、動けないイトとレオが入れ替わる。

 動けなくなった味方を逃しつつ、最適な間合いへと、動ける味方を送り込む。


「本当に良い連携だよ」


 振り上げられた槍を見上げて、トリンキュロは息を吐いた。

 蒼の魔法を潰した今、トリンキュロの『青火燎原ハモン・フフ』を凌駕する攻撃魔法は、勇者のパーティーに残されていない。

 が、魔法効果を貫通して打撃を通す……勇者とムムの磨き上げた技量で場合、人間とは異なる肉体を持つ最上級悪魔も、さすがに死ぬ。

 生半可な魔法では、黒輝の勇者と黄金の武闘家をあしらうことすらできない。

 トリンキュロは、左右を確認する。イトに断絶された右足の形成は、まだ完了していない。


 ──新しい魔法が必要だ。


 片足、一本。跳ねるようにぎりぎりで繰り出された槍の穂先から逃れながら、トリンキュロはそれを決断する。

 喰らったばかり。奪ったばかりだ。

 試運転すら、まともにしていない。

 自分にとっても、大きなリスクを伴う行為。


「でも……できるよね」


 イト・ユリシーズの潜在能力が、戦いの中で引き上げられていったように。

 四天王第一位も、戦いの中で、かつての獰猛さを取り戻しつつあった。命の取り合い。心を塗り潰し合うゲーム。自分が全力を向けるに相応しい相手。

 最上級悪魔のポテンシャルが、引き上がる。

 万全の闘争心を伴って、トリンキュロ・リムリリィは、再び両手を合わせる。


冷艶れいえんなる紅蓮ぐれん氷牙ひょうが


 模倣した魔法を使用する、アニマイミテーション。

 模倣した色魔法を使用する、カラーイミテーション。

 模倣し、使いこなしたそれらを重ねることで生み出す、新たな魔法の創造、イミテーションクロス。

 トリンキュロの色魔法『麟赫鳳嘴ベル・メリオ』の真価は、文字通りの多彩さにある。


連鎖れんさせよ波紋はもん群青ぐんじょう


 当然、を混ぜ合わせれば、その魔法出力は、さらに増す。


「混ざれ……イミテーションクロス──」


 体の内から湧き上がる高揚感。

 新たな自分が、薄く細く、広がっていくような全能感。

 その高揚の熱に身を委ねて、トリンキュロは叫ぶ。




「──『紅氷青火エリュテイア・ハモン』」




 触れたものの温度を自由自在に変化させる、紅蓮の魔法『紅氷求火エリュテイア』。

 触れたものを周囲へと拡散させる、群青の魔法『青火燎原ハモン・フフ』。

 それらを混ぜ合わせた答えが今、示される。

 トリンキュロを中心に拡散する熱波。身を焦がすような灼熱の風が爆発し、周囲を無差別に巻き込んだ。

 勇者を、レオを、ムムを巻き込んだその熱波は、相手を即死させるような火力……


「合成魔法にしちゃ、しょぼいって思っただろ?」


 沸騰する熱の中で、どこまでも涼し気に悪魔が嘯く。


「ボクは基本的に最強だけれど、正面から戦って破れなかった魔法が、二つある。魔王様の『輝想天外テル・オール』と、きみの『金心剣胆クオン・ダバフ』だ。ムム・ルセッタ」


 自分の肉体に害をなすもの、全てを静止させる。

 ムム・ルセッタの魔法は、絶対無敵の、勇者パーティーを守護する盾。

 しかし、生存のために必要な呼吸……肺に取り込み、吐き出す空気までは、静止できない。


「きみに届き得る攻撃は……やはり仲間の魔法のようだね」


 気道熱傷。

 急激に加熱され、拡散した空気からは、黄金の武闘家といえど逃れる術はなかった。


「……くふっ」


 口から零れ落ちた血を吐き出して、ムムが膝を折る。

 どれだけ長い時を生きていたとしても、体の作りは子どものそれ。呼吸を担う気道へのダメージは、重くのしかかる。

 同様に動けなくなったレオを、見かけだけはなんとか取り繕った片足で軽く蹴飛ばして、トリンキュロはほくそ笑んだ。


「うん。ぶっつけ本番にしては、上等かな。即死しない体の中へのダメージってのが、また素晴らしい。これで──」


 もう終わりだろう、と。

 そんな軽い確信を抱いたトリンキュロは、振り返って気付いた。

 口元を抑え、今にも息絶えそうな勇者の胸に、一本の矢が突き刺さっていることに。


「オレが放った矢は『勇者の心臓を射抜く』」


 悪魔が、実現の言葉を紡ぐ。

 仲間であるはずのサジタリウスが、魔法の力を利用して、勇者の胸を射抜いた。

 味方への攻撃。その行動が示す結果は、一つ。

 突き刺さった矢を引き抜いて、赤い血と共に勇者が吐き出す。


「──懲双ザルド』」


 今にもへし折れそうな、一本の矢と入れ替わって。

 まるで幼い少女が、恋人の胸へ無邪気に飛び込むように。


「はい。勇者さま」


 一糸纏わぬ裸体のまま、転移したリリアミラ・ギルデンスターンが勇者に抱きついた。

 致命傷にならない攻撃、という『紫魂落魄エド・モラド』への対策を。

 さらに上回る、仲間の補助による間接的な自殺と、リリアミラの引き寄せという対策への対応。

 トリンキュロの『因我応報エゴグリディ』の再使用まで、百十四秒。

 リリアミラが勇者を『紫魂落魄エド・モラド』で蘇生するまで、四秒。

 傷を治すという観点から言えば、その回復性能は、比べるまでもない。


「ちぃ!」


 トリンキュロの攻撃が届くよりも、早く。

 蘇生が完了した勇者が、息を吹き返す。


「返せ」

「あ?」

「それは……騎士ちゃんの魔法だ」

「……ははっ!」


 堪らず、乾いた笑いが漏れた。

 自分から死んでおいて。死の淵から舞い戻り、息を吹き返した第一声が、それとは。


「本当にお前は……どこまでも勇者だなァ!」

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