限界戦闘

「ここから三分はボーナスタイムだ……ヤツを囲んで袋叩きにしろ!」


 およそ世界を救った英雄とは思えないセリフを吐きながら、勇者が動く。

 フォーメーションに変化はない。全員でトリンキュロを包囲し、逃げ道を塞ぎ、確実に仕留める形。

 体勢を低く落とし、駆け出したトリンキュロは、勇者たちの包囲から逃れるように、ジグザグの軌道でカジノの中を跳ね回る。


(さて……ボクが『因我応報エゴグリディ』を使えるまで、百六十秒弱か)


 これまで防御の切り札的な運用をしてきた『因我応報エゴグリディ』の仕掛けは、勇者の洞察と賢者の分析によって、既に割れている。ここからの約三分、勇者パーティーは『復元』が使えないトリンキュロの隙を突いて、全身全霊で潰しに来るだろう。

 逆に言えば、この約三分の攻防を凌ぎ切ることができれば、トリンキュロの勝利は確定すると言ってもいい。


「いいね。そういうわかりやすいバトルは好きだ」


 必然、攻撃の圧力は増す。

 が、捌けないことはない。

 迫りくるシャナ・グランプレの魔術砲撃と、サジタリウスの必中爆撃を、トリンキュロは手をかざしただけで霧散させた。見た目だけは可憐な美少女の最上級悪魔は、思わず呆れを表に出して息を吐く。


「そういうのは無駄だっていうのがまだわかんないかな? グランプレ! サジ!」

「これでも学者の端くれでしてね。実験は何度も繰り返したくなるものなんですよ」

「オレも一流のギャンブラーだからな。その内、貴様にクリーンヒットが出せるかもしれないだろう?」

「あはは……ほざいてろ、馬鹿が!」


 そう。ダメージをほぼ無効化できる『因我応報エゴグリディ』が使えないとしても。

 受けた攻撃を拡散させて受け流す二つ目の防御の要。遠距離攻撃のほとんどを無力化する『青火燎原ハモン・フフ』は、未だ健在。サジタリウスの必中攻撃も、受けて流してしまえば問題はない。

 色魔法の中で破格の防御の性能を誇る『青火燎原ハモン・フフ』を真正面から超えられるのは、イト・ユリシーズの『蒼牙之士 ザン・アズル』のみ。逆に言えば、イトの斬撃の回避に専念していれば、トリンキュロに二度目の致命傷が入ることは、ほぼないだろう。

 トリンキュロ・リムリリィは、考える。

 逃げに徹して、蒼の魔法から逃れ続ける。たしかにそれは、悪くない選択だろう。


「……うーん」


 しかしそれは、四天王第一位として、おもしろくない思考だ。

 だからこそトリンキュロは、一歩踏み込んで、逆に考える。

 イト・ユリシーズさえ。あの蒼の魔法さえ潰してしまえば、こちらの勝利は、半ば確定する。


「……うん。こっちの方が、やっぱりボクらしい」


 攻撃こそが、最大の防御。

 『因我応報エゴグリディ』の再使用まで、百三十秒。

 トリンキュロは、仕留める目標を、一人に……イト・ユリシーズへと絞った。


「先輩!」


 勇者の緊張に満ちた警告に対して。


「いいよ、後輩。先輩に任せなさい」


 イトは、全身を脱力させたまま、納刀した剣の鞘をゆるりと構えた。

 経験は、人を変える。

 勇者との結婚の妄想。助けに現れた勇者の妄想ではない現実の魅力。そして、サジタリウスが与えた『妄言多射レヴリウス』による支援。

 元より王国の騎士団長として恵まれていたイト・ユリシーズのポテンシャルは、この短い期間でさらに三段階に渡って引き上げられている。

 その場から動かず、抜刀の構えを取ったまま、イトは剣の柄に手を掛けた。

 慢心はない。四天王第一位であろうとも、正面から斬り伏せる。

 既に一度は、殺している。故に、再びの一刀両断に、不足なし。


「斬るよ」

「やってみな」


 万全を期して、己を斬り断つ構えを崩さない蒼の剣士を見て、トリンキュロはあどけない笑みをより色濃くした。


「保証するよ、イト・ユリシーズ。時代と運が噛み合えば、きみは勇者になれる魔法使いだ」


 返答はない。

 真正面から迫るトリンキュロに対して、イトは全速の抜刀を応じる回答とした。


「だから潰す」


 抜刀はした。しかし、斬撃は届かなかった。

 イトが剣を振り抜く、その直前に。床から飛び出したトリンキュロの細い触腕が、イトの腕に触れ、弾き飛ばしたからだ。その触腕には、触れたものに強い『衝撃』を与える『不脅和音ゼルザルド』の魔法効果が、抜け目なく付与されている。正しく、イトに正面から接近し、確実に仕留めるための布石。

 手のひらから溢れ落ちた剣が、空中でくるくると回る。左右で色の違うイトの瞳が、トリンキュロを見る。

 小さく、イトは呟いた。


「後輩。跳ばせ」

「『哀矜へメロ──」

「──『自分可手・両断壁アクロハンズ・ピグウォル』」


 被せるように、二人分の呟きも、重なった。

 勇者が魔法によってイトと入れ替わろうとした、その瞬間。そのタイミングを狙い澄まして、勇者とイトの間に巨大な壁が隆起する。


「いつまでも通用すると思わないことだ」


 視界さえ閉ざしてしまえば、転移は使えない。

 ニィ、と。トリンキュロは歯を剥き出しにする。今まで散々に苦汁を舐めさせられてきた『哀矜懲双へメロザルド』による瞬間転移も、これで止めた。

 今までの攻防の中で、彼らの手の内はわかっている。盤上に、カードは揃っている。

 だから、一枚ずつ潰し、一手ずつ確実に、詰める。

 転移を封じられ、逃げ場を失った形。だが、まるで子どもが無理矢理瓦礫を積み上げたような、不格好な壁を一瞥して、イトは一言だけ吐き捨てた。


「やれやれ。しゃーなし」


 麻痺させられた右腕ではなく、左腕の手刀で、迎撃の選択。

 この剣士ならば、当然そう来るだろう、と。

 正面に立つイトに対して敬意を示すように、トリンキュロは両手を合わせた。

 殺してはならない。蘇生されてしまえば、傷も何もかも元通りになってしまう。今、最も必要なのは、リリアミラの『紫魂落魄エド・モラド』で蘇生されない攻撃。

 だからこそ、トリンキュロは二つの魔法を同時に選び取った。


「虎を刺す一瞥」


 一歩。イトが踏み込む。


「我は武装する修羅」


 応じて、やはり一歩。トリンキュロも踏み込んで、宙へ身を躍らせる。


「混ざれ……イミテーションクロス──」


 そして、一撃が交差した。


「──『虎刺修羅アリアスラ』」

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