チームプレイ
トリンキュロは、周囲を見回す。
常に視界の中を蚊に飛び回られるのは、相応に鬱陶しいのは事実。
右にイト。
左にムム。
背後にレオ。
正面に勇者と担がれるサジタリウス。
シャナは後方に控え、前には出てこない形だが、単独の敵を包囲する人数としては、十分過ぎる。
(ま、やってることは先ほどまでと、そう変わらない。単純な選択肢が増えただけだ)
勇者が中心である以上、戦闘における組み立ても、常に『
なによりも、転移魔法として万能に見える『
それは、転移する方向が……視線の先であること。
いくら複数人に包囲されたところで、勇者とサジタリウスが転移する先は、必ず対角線上にいる誰かだ。
「テンション上がってきたし、少しギアを上げていこうか?」
トリンキュロ・リムリリィの強さの根底を支えるのは、蒐集してきた魔法だけではない。激しい戦闘の最中、相手を分析し、その考えを先読みする、思考の回転も、四天王第一位の、明確な持ち味である。
周囲の瓦礫を『
まるで、ハリネズミのように。純粋な手数を増やしたトリンキュロは、勇者とサジタリウスに攻撃を集中させる。
(さあ……また『
手数を増やした分、余力は残っている。
視線は読める。転移した先に攻撃を置けば、確実に当たる。
「甘いな」
結論から言えば、勇者は『
ただし、勇者はその場から一切動かなかった。
トリンキュロの触腕を両腕の拳打で捌き、捌ききれなかったそれらを腹に浴び、腹に浴びた刺突が腹部を突き破って。
そうして、口から血を吹き出しながらも、それでもなお、勇者は四天王第一位の思考を「甘い」と断ずる。
勇者は、転移しなかった。
ただ、肩に担ぐ形で触れていたサジタリウスだけを、転移させた。
「自殺志願? 馬鹿だね」
「殺害希望だ。阿呆悪魔」
それは、自分自身を犠牲にした、囮。
(サジだけを逃がした……!? だがっ!?)
半ば反射で、トリンキュロは背後に触腕を振るう。転移先への、置く攻撃。勇者が守っているならともかく、サジタリウスだけなら、確実に殺せる。
そして、その反射と行動を、トリンキュロは後悔した。
「残念。外れだよ、リムリリィ」
繰り出した攻撃を、レオ・リーオナインの槍の一撃によって砕かれたからだ。
レオは、最初からトリンキュロの背後にいた。
騎士作家は『
何故か?
「クイック・プロット──
ページが、千切れ飛ぶ。
戦闘開始時、『
レオ・リーオナインは、まるで身を守る盾の如く、それを構えていた。
全身を写し込む姿見──大きな鏡を。
「お前……鏡で視線をっ!?」
「これが親友の力さ」
視線を先読みすれば『
だが、先読みできる視線そのものを仲間の協力で、ずらしてしまえば?
予測は、もう不可能だ。
(なんだ!? サジは、何と入れ替わった!?)
その結果だけを、トリンキュロに教えるように。
レオの足元に、腹部に大きな穴が空いた白いワイシャツが、ひらひらと落ちる。
「変なとこ、触らないでね?」
「ククク……無論だ。オレは紳士的な悪魔だからな」
声が、聞こえた。
ワイシャツを脱ぎ捨て、タンクトップ一つで抜刀の構えを取るイトと、その肩に控えめに手を載せるサジタリウスを、トリンキュロはようやく認識した。
滑らかに、最上級悪魔が言葉を紡ぐ。
「騎士団長イト・ユリシーズは、トリンキュロ・リムリリィに向けて『史上最高の斬撃』を撃ち放つ」
人間という生き物は、常に100%のポテンシャルを発揮できるわけではない。
身体的な疲労、精神的な心労。周囲の状況と自身のコンディションは、常に変化し、流動するもの。完全に噛み合うことは、一生に一度、あるかないか。一芸において、愚直に鍛錬を積み重ねる達人たちは、そのたった一度を、生涯を通して追い求め続ける。
だが、サジタリウス・ツヴォルフの魔法は、それが実現可能であるならば……必ずそこに至らせる。
「──新婚旅行に行こう」
歯車が、噛み合う音がした。
トリンキュロの全身を、恐怖が突き抜ける。
(避けなければ……!)
むんず、と。
何かに足首を掴まれて、トリンキュロはまったく注意を払っていなかった足元を見る。
決して大きくはない自分よりも、さらに小さい幼女が、そこにいた。
「あ」
「ぴーす」
音もなく忍び寄り、地面に這いつくばったムム・ルセッタが、こちらを見上げてVサインを繰り出していた。
片手で、足首を、掴まれてしまった。
触れられてしまった。
黄金の武闘家の『
トリンキュロ・リムリリィは、もう動けない。
「一回目だな」
勇者が呟いた、刹那。
イトの『
過去の最大出力──ダンジョンを一撃で断ち斬ったそれを、遥かに凌駕する。
横薙ぎの居合い。比類なき一閃が、フロア全体を撫で斬った。
四天王第一位は、腰から上を切断され、破断され、完膚なきまでに断絶された。
「お、ぉおおおおおおおおお!?」
直後に、トリンキュロの全身は元に戻る。
体も、魔力も、すべてが『
だというのに、トリンキュロは違和感を覚えた。
吹き出て止まらない冷や汗が、顎先を伝って地面に染みを作る。小刻みに震える指先が、先程よりも冷たい。
「感覚、どうですか? 先輩」
「イイ……イイよ、これ……! 手に剣が馴染む! 体が軽い! ワタシもこれずっと装備したい!」
「ククク……オレは装備品じゃない」
「こまりますよ、勇者さん。もう一度アレ撃たれたら、結界魔術で地下を支えるのにも限界があります」
「ああ……じゃあもう少し、コンパクトに詰めていこうか」
心に刻まれた恐怖が、戻らない。
トリンキュロは、勇者を見る。
魔法殺しの黄金の拳も。己の死も厭わないイカれた精神も。数多の魔法を使いこなしてきた、理解と応用も。
それらはすべて、黒輝の勇者の力の、一端に過ぎない。
勇者が真の力を発揮するのは、頼れる味方がいるからだ。
──仲間と共に、敵を討ち倒す。
優しく肩に手を置き、言葉で鼓舞し、けれども時に、貪欲に利用する。
パレットの上に色をぶち撒け、混ぜ合わせて飲み込む、漆黒の勇猛こそが、黒輝の勇者の、最も色濃い一面。
ブランクがあったはずだ。
少しずつ、勘を取り戻していたとはいえ。
全盛期には、及ばなかったはずだ。
その在り方を、言葉一つで取り戻してみせたのは……トリンキュロが見くびっていた、最弱の悪魔だ。
サジタリウス・ツヴォルフの『
「知らなかったよ、サジ。きみ、チーム戦の方が得意だったんだね」
「ああ……どうやら、そうらしい」
いつものように。
ククク、とも。
フフフ、とも。
貼り付けた笑いを漏らすことなく、最上級悪魔はトリンキュロの言葉を肯定した。
「オレも知らなかった。友達があまりいなかったからな」
既に『
これにより、トリンキュロ・リムリリィは百八十二秒間、身体的な復元が不可能となった。
「──おもしろい」
三分後。
すべての決着は、そこにある。
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