悪魔の妄言、数多を射抜く

 最上級悪魔、サジタリウス・ツヴォルフを、勇者が肩に背負うという奇抜極まる、奇策。

 客観的に見ればふざけているとしか思えない、その連携を、


「くっ……勇者のたった一人の親友であり、戦いの中で相棒にまで進化したこのボクを差し置いて……肩車だとっ!? あの悪魔め……どこまでおいしい役所を掻っ攫っていくつもりなんだ……! 許せん!」


 レオ・リーオナインは、歯軋りしながら見詰めていた。

 端的に言って、嫉妬である。ジェラシーである。

 そんな気持ちの悪い感情を滾らせているレオの背中を、イトがつんつんと叩く。


「レオくん。男の嫉妬は見苦しいよ?」

「まるで女の嫉妬は許されるような言い方ですね? 先輩」

「うん」


 ちょっとこわい肯定であった。

 とはいえ、さすがに肩車に嫉妬する女はいない。イトは髪を片手でかきあげながら、口にする内容とは裏腹に、のほほんと笑った。


「でもでも、レオくん。アレ。ちょっとおもしろくない?」

「まったくです。悔しいことにおもしろいことは認めざるを得ない!」


 起死回生のフォーメーションが、どこまでも好き勝手な品評をされている。

 冷や汗をかきながら、勇者に肩車された状態のサジタリウスは強がりを多分に含んだ笑みを浮かべて、真下の勇者を見る。


「ククク……おい、勇者よ。いいのか? ネタ扱いされてるぞ?」

「いいんだよ。このおれのパーフェクトな頭脳が導き出した作戦なんだから」

「貴様、頭良かったか?」

「……」

「フフフ……おい、黙るな。オレが悪かった」


 通常よりも一人分高いところにあるサジタリウスの背中を、シャナが背伸びして、杖でつんつんとつつく。


「そこの顔だけ悪魔。勇者パーティーの賢さ担当である私が直々に補足しておきますが、勇者さんは基本的にバカです」

「ククク……圧倒的不安……!」


 サジタリウスの頬を、だらだらと冷や汗を流れていく。心配になってきた。

 対して、その表情を物理的に見上げることすらできない勇者は、どこまでも他人事のように軽く言う。


「まあまあ。ここは大人しく、おれに担がれておけって。サジタリウス」

「人を担ぐと言って本当に物理的に担ぐアホは貴様くらいうぉぁぁ!?」


 サジタリウスはセリフをすべて言い切ることができなかった。それよりも前に、股下の勇者が一気に駆け出したからである。

 直後、勇者とサジタリウスが立っていたその場所を、巨人のように肥大化したトリンキュロの右腕が抉り抜いていく。


「ほぅ。器用に躱すね」

「人は抱え慣れてるもんでね」


 一人分の体重を抱えたまま、颯爽と走り出した勇者が告げる。


「散開して各個に攻撃。ヤツを取り囲め」

「了解したよ、親友」

「おーけーおーけー」

「うむ。わかった」


 指示と応答。

 それを聞いたトリンキュロは、唇の端を僅かに持ち上げた。

 勇者も、イトも、レオも、全員が騎士学校の出身。ムムは言うまでもなく世界を救ったパーティーの一員であり、勇者の師匠。このメンバーならば、元より連携の練度は不足なく、意思疎通もハンドサインや他の方法で、口頭に限らずいくらでもある。

 つまりこれは、敵に聞かせるための、作戦方針。


「何を企んでるのかなぁ!? 勇者ァ!」

「そりゃもちろん、お前を殺すための企みを」


 涼しい顔で応じながら、打撃。勇者の拳が、トリンキュロの肥大した腕を、打っては崩し、崩しては砕く。

 しかしながら必然、上にお荷物のサジタリウスを抱えている都合上、その拳の切れ味は先ほどよりも遥かに落ちる。


「サジ!」

「ククク……あ、オレも何かするのか?」

「各個に攻撃って言っただろうが! 働け!」

「フフフ……仕方あるまい」


 アホなやりとりを交わしながらも、乱れた前髪の間から覗く瞳が、上へと動く。勇者とサジタリウスの姿は一瞬でかき消えて、トリンキュロの直上を取ったムムと入れ替わる。

 回避に長けた『哀矜懲双へメロザルド』による、瞬間転移。今回の戦闘においても、幾度となく繰り返してきた、勇者の回避の常套手段。


「……ちっ」


 しかし、それに対して、トリンキュロは明確な舌打ちを鳴らした。

 魔法の効果対象は、自分自身と触れているもの。手にする剣や身を守る鎧も、当然その対象に含まれる。つまり、勇者に装備されている状態に近い最上級悪魔も、勇者と同様に瞬間転移するということ。

 事実。肩車された状態のまま、空中へ軽やかに身を躍らせるサジタリウスの手には、敵を倒すための武器があった。


「オレの放つ『矢は命中』する」


 踏ん張りの効かない空中。それも、勇者に肩車され、背筋を曲げたふざけた状態で。

 それでもなお、サジタリウス・ツヴォルフの放つ矢は、言葉通りの必中である。

 着弾と同時に、爆発。炎熱系の魔術が込められた矢がふり撒いた爆炎をかき分けながら、トリンキュロは獰猛に笑う。


「あっはっは! 本当に良い魔法だね、サジ! 共食いは趣味じゃないけど、やっぱりボクも『妄言多射それ』欲しくなってきたよ!」

「ククク……だめだ勇者。このオレの必殺の矢が、全然効いてない。あと、こわい。食べられたくない」

「それでいい。ビビらず、浴びせ続けろ。絶対に当たる遠距離攻撃ってのは、お前が思っている以上に貴重だ」

「人使いが荒いな」

「いいから黙って働け」

「フフフ……黙ったらオレは本当に働けないぞ。魔法が使えないからな」

「ほんとにああ言えばこう言うなお前!? いいからやれ!」


 勇者に促されて、サジタリウスはしぶしぶと次の矢を番えた。

 サジタリウス・ツヴォルフは最上級悪魔の中で最も弱い。近接格闘は素人に毛が生えないレベルで、腕相撲もルナローゼに負ける。反射神経は鈍く、運動神経は皆無に等しく、とにかく純粋に弱い。故に、戦闘におけるサジタリウスの攻撃手段は『妄言多射レヴリウス』で必中効果を付与した弓矢での遠距離攻撃に限られる。

 申し訳程度に炎熱系魔術が付与された弓矢は、着弾と同時に小規模な爆発を起こす。その程度の魔術は、トリンキュロにとっては蚊に刺されたようなもので、致命傷にはならない。


(でも、うざいな)


 心境を気取られぬよう、トリンキュロは内心で呟いた。

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