ヒモカス悪魔、働く

 おれは勇者である。

 べつに勇者に限らず、極めて当たり前の話だが、人は一人では何もすることができない。

 なのでおれは、世界を救う過程で、数えきれない人達の協力を得て、かけがえのない仲間を得た。

 吸血鬼の女帝さまとか、半人半馬のケンタウロスとか、船を沈めるのが趣味の人魚のみなさんとか、そういう純粋な人間ではない存在の助けを借りたこともある。

 しかし、最上級悪魔が仲間になったのは、今日がはじめてだ。


「ククク……いくぞ、勇者。まず最初に覚えておいてほしいのは、オレはとても弱いということだ。お前達が素知らぬ顔で普通に捌いている攻撃が掠っただけでも、か弱いオレは普通に死ぬ。いいか? 脅しではないぞ? 本当に死んでしまうんだ。だからオレのことは全力で守れ。蝶とか花とかを愛でる感じで、全力でだ」

「えぇ……?」


 大丈夫か? 

 この優男、仲間にした意味本当にあるのか? 

 オールインしちゃったぞ? 


「いや、お前が弱そうなのはなんとなくわかるけど……」

「フフフ……そう褒めるな。こんなにもかっこいいオレが味方になって、とても嬉しいのはよくわかるが……」

「サジ。早く働きなさい」

「はい。すいません」


 秘書子さんに尻を蹴られて、またうだうだと言葉を紡ごうとしていたサジタリウスは、しぶしぶと立ち上がった。

 良いコンビだ。普段からこの顔だけイケメン最上級悪魔が、どれだけ尻に敷かれているかがよくわかる。コイツは見た目がイケメンでムカつくが、女の子にしばかれているところを見るとちょっと共感が生まれる気がした。


「ククク……まさか、このオレが働く日が来ようとはな」


 それにしても、かっこいい顔でかっこわるいことしか言わない男である。


「お前、本当に大丈夫なんだよな? ちゃんと役に立つんだよな?」


 口にする一言一句、全てが不安だ。

 繰り返しになるけど、本当にコイツ仲間にして良かったのかな……。


「愚問を吐くな、勇者よ。オレは生粋の遊び人だが、やる時はやる男」

「頼むぞ。こっちはわりと長期戦で疲れてるんだから。それにおれ、何回か死んでるし」

「フフフ……相変わらず倫理観がイカれていてこわいな。しかし……疲れている? 生憎、オレにはそう見えないな」


 極めてわざとらしく。まるで、詐欺師のように。

 サジタリウスが、オレの肩に手を置いた。


「戦いの中でかつての感覚を取り戻しつつあるお前は『最高のベストコンディション』だ」


 言われた、瞬間。

 体に、変化があったのがわかった。

 例えるならば、活力が体の内から漲る感覚。

 支援系の魔術を掛けられたのとは、また少し違う。見えない何かに、背中を後押しされたような。


「うお、すごいな……」


 端的に感想を言うと、サジタリウスはドヤ顔で胸を張った。


「ククク……少しは見直したか? 気休めのようなバフだが、効果は実際にある」


 シセロさんの『泡沫無幻インスキュマ』でも似たようなことはできるかもしれないが、それはあくまでも思い込みであり、幻覚。実際に体の何かが変わったわけではない。

 しかし、このイケメン顔だけ悪魔の『妄言多射レヴリウス』は違う。指先の一本、筋肉の筋の一つ一つに至るまで、体のコンディションを最良に引き上げられている実感があった。

 当然、それはおれ達と対峙する敵にとって、予期せぬパワーアップだ。

 対峙しているクソロリ悪魔から、舌打ちが漏れる。


「ボクを裏切って、そちらに着くのかい? サジ」

「ククク……そういうことになってしまったらしい。すまんな、トリンキュロ」

「べつに謝る必要はないさ。ボクたちは悪魔だ。きみはきみの思う通りに、心のままに、成すべきと思うことを成せばいい」


 ゆったりと、大きく手を広げて。

 四天王第一位は、サジタリウスに向けてやさしく微笑んだ。


「ボクも、ボクの心のままに。裏切り者のキミは、きちんと殺そう」


 おれの肩に手を置いたまま、サジタリウスはいそいそと背後に隠れて震えだした。やる気あんのかコイツ? 

 仕方ないので、クソロリ悪魔からビビリイケメン悪魔を庇うように、前へ出る。


「悪いが、コイツは顔だけのイケメンでも、おれの仲間だ。そう簡単に手出しできると思うなよ」

「おいおい……キミはバカか勇者? そんな目に見える強化をボクが許すわけ……」


 クソロリ悪魔が至極真っ当な言葉を言い切る前に、おれの真横を、一迅の風が走り抜けた。

 どうせなら『哀矜懲双へメロザルド』で前方に転送して奇襲してもらおうかと思っていたのだが、


「よっ」


 師匠には不要だったらしい。

 クソロリ悪魔の表情が、わかりやすく歪む。

 おれの拳は、四天王第一位の天敵。

 ならば当然、おれの師匠の拳は、四天王第一位の、大天敵である。

 およそ、近接格闘という分野において、おれに出来て、師匠に出来ないことはない。


「殴りに来た。勝負しよ」

「ぶ、武闘家……!」


 クソ悪魔の小柄な体が、さらに小さな体の師匠に一撃で殴り飛ばされた。

 うきうき、わくわく、わんぱく、満点。

 サジタリウスとずっとインドアなテーブルゲームをしていたせいだろうか。人を殴りたくて殴りたくて仕方ないといった様子の師匠が、本当に嬉々とした様子で襲いかかる。

 こわい。飢えた獣のようだ。

 おれの背中に隠れながら、サジタリウスがニヒルに笑う。


「ククク……トリンキュロよ。オレがなぜ、貴様を決闘魔導陣の……『晨鐘牡鼓トロンメルキラ』の魔法効果の対象にしなかったか、わかるか? いつか、お前を真正面から殴れる人間が現れた時……オレの代わりに、思いっきり殴ってもらうためだ!」

「他力本願過ぎるし、相手を煽りたいならちゃんと前に出ろ」


 炸裂する師匠の拳を尻目に、おれは深い深い溜め 息を吐いた。

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