勇者とヒモカス悪魔
すべて、語り終えた。
もう隠していることは、ほとんどない。
サジタリウスは、顔を伏せたまま床に座り込むルナローゼの肩に、上着を掛けた。
「人ではないオレには、最初から……きみと一緒にいる資格はない」
ずっと騙していた。
彼女を守るという言い訳をして、自分が側にいたいだけだった。
本当に、ただそれだけのことだった。
「オレは、ルナに嫌われるのがこわかった」
「…………サジ」
「オレは、ルナに化物扱いされるのが、嫌だった」
「……サジ」
「だから、こんなオレを」
「サジッ!」
きっ、と。
ルナローゼが顔を上げる。
「歯を食い縛りなさいっ!」
「え? ぶほぉあ!?」
平手ではなかった。
グーだった。
ルナローゼが握りしめた拳骨の一発が、サジタリウスの整った顔立ちの中央を、見事に打ち抜いた。
サジタリウスは、倒れた。倒れ伏した。
普通に、めちゃくちゃ痛かったからである。
「ぐだくだと、ダラダラと、話が長い!」
一喝が、響いた。
「あなたはいつもそうです! ちょっとゲームが強くて話術に自信があるからといって、のらりくらりと話を引き伸ばして! 要点は簡潔に! 伝えたいことは、ハッキリと! これはビジネスの鉄則であると、何度も言ってきたでしょう!?」
「お、ぅおぉ……はい、すいません……」
「痛いですか!?」
「痛い」
「それは私の怒りです!」
「はい……ごめんなさい」
頭が上がらない。頭を垂れるしかない。
ルナローゼは、怒ると恐い。すごく、恐い。アルカウスよりも、全然恐い。
なので、サジタリウスは普通に土下座の姿勢に移行した。
悪魔と契約者、ではなく。
ヒモのクズカスと、飼い主。
サジタリウス・ツヴォルフとルナローゼ・グランツは、そういう関係性にあった。
「あなたが悪魔であることが、本当に……本当に!? 私があなたを嫌いになる理由になると、本気で思っているんですか?」
とはいえ、仕方ない。
馬鹿なのは、自分だ。
殴られて当然だ。
──お前さんが人間じゃないってことは、オレとお前がダチじゃねえ理由になるのか?
随分前に、とっくの昔に、その不安を取り除く言葉を、自分は貰っていたのだから。
「よく聞きなさい! サジ! あなたは悪魔で、人を喰うバケモノで! 人間ではない存在で! どうしようもないヒモで! 働かない穀潰しで! クズのカスで!」
「ククク……ほんとに泣きそう」
「聞きなさい!」
「あ、はい」
正座したまま、頬を抑えるサジタリウスに向けて。
かつて、魔王の使徒であった、最上級悪魔に向けて。
「だとしても! あなたがお祖父様の生涯唯一の親友であった事実は、一切揺らぐことはありません!」
ルナローゼ・グランツは、高らかに告げる。
「誇りなさい! サジタリウス・ツヴォルフ! アルカウス・グランツの魂は、あなたの中で今も生きています!」
彼女のそんな叫びを、サジタリウスは、はじめて耳にした。
けれど、知っている。自分はこの声を、よく知っている。
馬鹿みたいにでかい声だ。
アルカウスも、仕事をする時はそういう声の張り方をしていた。
そういう馬鹿みたいにでかい声で、はっきりとものを言われると、くだらない悩みは、案外簡単に吹っ飛んでいってしまうのだ。
ああ、本当に。
良い女だな、と。サジタリウスは、ルナローゼを見てそう思った。
「あなたがしたいことは何ですか!?」
「きみを守りたい」
即答する。
「あなたがすべきことは何ですか!?」
「きみを守ることだ」
即答する。
「そうです! なら、もう答えは決まっているでしょう!」
四天王の第一位と戦う彼らを指差して。
しかし、まだ言い足りないものがあるように。
一瞬だけ、ルナローゼは何かを噛み締めるような素振りを見せて。
「それと、最後にもう一つ!」
ルナローゼの手が、サジタリウスの頭を掴む。
うわ、また暴力か、と。悪魔は恐怖した。
土下座すれば回避できるかもしれない、と頭を下げようとした。
できなかった。
ほんの一瞬。触れるか、触れないかの、曖昧な境界。
けれども、やわらかく、温かいそれが、額に口付けられた感触があった。
「……私は、あなたのことが、そんなに嫌いではありません。あまり、私の好意を舐めないでください」
「…………えっと、はい。ありがとう」
なんだか、少し、妙な間があって。
「おい。サジタリウス」
名前を呼ばれた。
いつの間にか、世界を救った勇者がそこに立っていた。
きっと、自分のいないところで絡まった全ての誤解を解いて、お節介なお膳立てをしたのだろう。
腹が立つことに、とても良いものを見た、と。そう言いたげな表情で、勇者は笑っていた。
「契約者がそう言ってるけど、お前はどうする?」
これは、選択だ。
これは、賭けだ。
なによりも。
これはきっと、自分にとって最後の契約だ。
「良いのか?」
「何が?」
「オレは悪魔だ」
「そうだな。おれは勇者だ」
「オレは人ではない」
「ああ。おれは人間だ」
「オレは敵だぞ?」
「おう。さっきまで、テーブル挟んで敵同士だったな」
わざとらしく、強調の一言が差し込まれる。
「ゲームでは、敵同士だった。それだけだ」
選択は、常に迫ってくるもので。
選び取るのは、常に自分自身で。
「ククク……勇者よ」
しかし、だからこそ、悪魔は勇者に向けて、逆に問いかけた。
「お前、オレに賭けてみる気はあるか?」
サジタリウスが、伸ばした手。
人間ではない、悪魔が差し伸べた手。
それを、世界を救った勇者は一切の躊躇いなく手に取った。
「
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