ヒモカス悪魔と生真面目少女
サジタリウスがリリアミラと交わした約束は、三つ。
一つ。アルカウス・グランツと悪魔の間に繋がりがあったことを、秘密にすること。
アルカウスと最上級悪魔の間に特別な繋がりがあった事実が世間に知られてしまえば、アルカウスが運営していた会社やその縁者にまで危害が及ぶ可能性がある。故に、今日この場で起こったことは、誰にも知られてはならない。
二つ。アルカウス・グランツが遺した遺産を然るべき時まで維持管理すること。
こちらに関しては、会社の運営に関わったことのないサジタリウスが力になることはできない。それらは、すべてリリアミラに任せることにした。
三つ。アルカウス・グランツの孫娘である、ルナローゼ・グランツを守ること。
これだけは、自分も全面的に協力することを、サジタリウスはリリアミラと約束した。
「葬儀や会社の諸々は、すべてわたくしが」
「すまない」
「あなたはとりあえず、その酷い顔をなんとかするところからはじめなさいな」
「イケメンが台無しだ、とでも。そう言いたげだな?」
皮肉めいた物言いにはなんとか皮肉で返したものの、リリアミラはそれを鼻で笑った。
「あら、そんなことはありませんよ。むしろ、今まで一番……あなたが男前に見えます」
人のために泣く悪魔なんて、わたくしもはじめて見ましたから、と。
後半に添えられた小さな呟きは、サジタリウスも聞かなかったことにした。
翌日。
サジタリウスは結局、アルカウスの葬儀には行かなかった。
自分には参列する資格はないと思った。合わせる顔もないと思った。なにより、親友の魂がもうそこにはないことは、自分が一番よく知っていた。
夜の街を、手元に残った僅かばかりの金で飲み歩く。バーに行ったところで、その席にもう親友はいない。わかっていても、足は自然にそちらに向かった。体にアルコールを入れるだけ入れて、また次の店に向かう。そんなことを繰り返している内に、ひどく酔って歩けなくなった。
「……あの、大丈夫ですか?」
若い女性の声に、そう聞かれたところまでは、辛うじて記憶があった。
次に気がついた時、サジタリウスはそれなりに上等な宿屋のベッドの上で寝ていた。
ああ、またレディを引っ掛けて転がり込んでしまったか、と。
痛む頭を抱えながら起き上がると、案の定。ベッドの横では薄い寝息が響いていた。まだ年若いが、ぎりぎり少女から大人の女性に成りかけているくらいの、理知的な外見。
年齢が年齢だったので、サジタリウスは即座に自分の衣服を確認した。特に乱れも脱いだ形跡もない。その事実にほっとしながら、彼女の肩を揺する。
「おい、起きろ」
「んぅ……」
気怠げな声と共に、寝ぼけ眼が起き上がる。
あどけなさの中に、美人の素質が感じられた。
「すまない。昨日は世話を掛けた」
「……あ! あなた! 本当に大変だったんですからね!? あんなになるまでお酒を飲んで! 何か事情があったのかもしれませんが、それにしたって感心しませんよ!」
起きて、早々。ぷんぷん、がみがみ。
怒っている顔も、少しかわいいな、と。
そう思わされた時点で、サジタリウスの負けだった。
「ククク……悪かったな。礼というには少し足りんかもしれんが、遅めのランチをご馳走したい。どうだろうか?」
「……まあ、お礼をしたいと言うのであれば、それは、ありがたくいただいておきますが」
「ククク……ありがとう。そういえばまだ、きみの名前を聞いていなかったな」
「あ。申し遅れました。私はルナローゼ。ルナローゼ・グランツと申します」
「ククク……そうか。ルナローゼ、美しい名……え?」
「なんです?」
「る、ルナ、ローゼ?」
「はい」
「……グランツ?」
「はい?」
「うぇあああぁぁぁぁああ!?」
「ひぃあああぁぁぁあああ!?」
サジタリウスは絶叫して、ベッドの上から飛び上がった。比喩ではなく、本当に飛び上がった。驚きすぎて、危うく背中から羽根を生やしてしまいそうになった。
ひとしきり叫びを終えた後に、己の全身を再確認し、まかり間違っても一夜の過ちがなかったことを、入念に再確認する。
危なかった。
酒の勢いで、危うく親友の孫娘とワンナイトするところだった。
サジタリウスはヒモでカスの悪魔ではあったが、そこが踏み越えてはならないラインであることは、さすがにわかっていた。
「な、ななな、なんですか!? いきなり大声を出して!」
「ふ、フフフ……すまない。天が仕組んだ運命のいたずらに、少し驚いただけだ」
「酔っ払いの口説き文句にしては随分壮大ですね……?」
「ククク……それと、ルナ」
「いきなり馴れ馴れしい!?」
「男は皆、獣だ。いくら困っていようと、酒に酔っていようと、こんな簡単に部屋には入れていけない」
「そうですね。現在進行系で後悔しています」
「そうだ。おーけー。そんな感じだ。それくらい冷たくしてくれていい。それにしても……う、うーん……」
「……なんです?」
まじまじと、ベッドの上に仁王立ちになりながら、サジタリウスは腰を抜かしてへたり込んでいるルナローゼの顔を見詰めた。
鼻筋の通った顔立ち。困った時に下がる眉。なによりも、意思の強そうな瞳。
「ククク……全然似ていないな」
「はあ?」
「フフフ……こちらの話だ」
──だからオレの孫はとびっきりの美人になるんだよ! 間違いねぇ! ジジイのオレが言うのもおかしな話だが、あの子は頭も良いし、気立ても抜群だ! ルナは本当に良い女になるぜ! 賭けてもいい!
サジタリウスは、内心で苦笑した。
まったくもって不愉快な話だったが、たとえ死んだあとでも、自分はアルカウスとの賭けには勝てないらしい。
「さて、何か食べたいものはあるか?」
「……そうですね。なんでもいいですけど……強いて言うなら、卵が美味しいお店に行きたいです」
サジタリウスは、今度は素直に笑った。
それは、親友の好物でもあったから。
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