悪魔と親友④

 友情とは、時間の積み重ねだ。


「サジぃ……お前、また女といざこざあっただろ?」

「いざこざではない。ヒモであるオレがキレられて、家から叩き出されただけだ。ククク……次の住処を探さなければ」

「お前さん、ぜってえロクな死に方しねえぞ」

「では、アル。マシな死に方とはどんな死に方だ?」

「そりゃあ……アレだろうよ。惚れた女に看取られて死ねりゃあ、男は本望だろうよ」

「……貴様、顔に似合わずロマンチストだな」

「うるせえなてめぇ」


 共に過ごした時間が、思い出になる。


「かーっ! 稼いだ稼いだァ! たまにはカジノを荒らすのも悪くねぇなぁ!」

「フフフ……この稼ぎを元手に、さらに増やすとするか」

「おいやめろサジぃ! お前、この前稼いだ金も全部馬に突っ込んで大損しただろうが! 絶対にやめろよ!?」

「しかし……馬は健気だぞ? ワクワクする」

「それで外しちゃ世話ねぇんだよ!」


 馬鹿なやりとりの一つ一つが、かけがえないのないものに変わっていく。


「なあ、サジ」

「なんだ? アル」

「オレの孫は、とびっきりの良い女になるぜ。賭けても良い」

「ククク……貴様は酔ったらいつもそれだ。ああ、そうだな。お前に似ないことを祈るばかりだ」

「かーっ、うるせえな!」

「お前のような大酒飲みのギャンブル狂いに、ならないほうがいいに決まってる」

「ほっとけ!」


 かけがえのないやりとりが積み重なって、心の奥に宝物のように溜まっていく。


「にしてもサジ、お前って老けないよなあ」

「……ククク、オレが若くてイケメンなのは見ての通りだが」

「そりゃ負けてられねぇな。オレもルナにじいちゃんかっこいいねって言われてぇからな……」

「風呂上がりの化粧水は必須だ」

「そんなもん使ってんのかよお前!?」


 だからこそ、数年単位で友人としての付き合いを続けていく中で、抱えた嘘は罪悪感となって、静かに肥大していった。


「……オレの正体は、人間ではない」

「ふーん」


 それを明かした時。

 自分とアルカウスは、もう友達ではいられないのだろうと、そう思った。


「オレは悪魔だ。重ねて説明するが、人間ではない」

「そうか」

「悪魔は人間と契約を結び、望みを叶える。その代価に人の体から魂を抜き出して、喰らう。悪魔が提示した契約書に触れることによって、契約は完了する。そして、契約者の望みを叶えた瞬間に、その魂は……」

「ふむふむ……ほい。ぽちっと」

「だあぁああああああ!? 何をする貴様ァ!?」


 自分が悪魔であると証明するために。

 出現させた契約書にあっさりと触れられて、サジタリウスは絶叫した。

 対して、アルカウスはけろりとした表情で言い放つ。


「なにって……契約をしただけだが?」

「アホか!? 馬鹿なのか!? いや、貴様はたしかにゲーム以外は馬鹿のようなアホたれだが!」

「あぁ!? ゲーム以外はろくに頭を働かせねぇヒモ野郎に言われたくはねぇなぁ!?」


 取っ組み合いの喧嘩になりそうな勢いを、お互いに静めて。

 アルカウスは、深く息を吐いた。


「お前さんは人間じゃない。なるほど、ああ、わかったぜ。で、だから何だ?」

「いや、だからそれは……」

「何も変わんねぇだろ。言葉が通じる。一緒に酒が飲める。ゲームができる」


 わざとらしく指を折って数えながら、深い色の瞳がテーブルの上の、ゲーム盤に向く。

 それは、出会ってから今日に至るまで、二人をずっと繋いできたものだった。


「なあ、サジ。ゲームは、良いもんだよな。テーブルを挟んで向かい合った瞬間から、立場も地位も人種も……種族も関係ねぇ。全部忘れて、楽しむことができる」


 サジタリウスが、ずっと秘密にしてきた事実を告白しても、アルカウスの態度は何も変わらなかった。

 ちびちびと酒を楽しみながら、駒を進める。賽子を振る。カードを切る。

 本当に、これまでと何一つ変わらない。自然体の友の姿が、そこにあった。


「お前さんが人間じゃないってことは、オレとお前がダチじゃねえ理由になるのか?」

「……」

「ならねえだろ。だから、いいんだよ。そんなことは」


 コイツ、妙に老けねぇなってずっと思ってたしな、と。

 出会った頃よりも濃く白く染まった頭をかきながら、アルカウスはさらに朗らかに、大きく笑った。


「奪いたくなったら、いつでも奪えばいい。腹が減ったら、取ってくれて構わねえ」


 これまでとまったく変わらない気安さで、人間の友は、悪魔の肩を叩いた。


「オレの命は、お前に預けておくよ」


 そこまで言われてしまっては、もう何も言い返せない。


「……大馬鹿者が」

「ところでお前、羽根とか出せるの?」

「……ククク、出せると言ったらどうする?」

「すげぇ見てぇ。あと空とばしてくれよ」

「フフフ、野郎二人で空の旅など、死んでもごめんだ」

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