悪魔と親友③

「よぉ! やっと会えたな! サジタリウス!」

「……」

「探したぜお前馬鹿野郎! お前さん、さてはアレだな? ヒモってヤツなんだな!? 住むとこも仕事も安定せずにフラフラと! 見つけるのに随分時間が掛かっちまったぜ! ワハハハ!」

「…………」


 周りに聞こえる大きな声で、恥の喧伝をされながら再会を果たしたのは、あの馬車の事故から数年後のことだった。

 酒場のカウンターでちびちびとやっていた飲みかけの一杯を置いて、サジタリウスは深い溜息を吐いた。


「……よくオレを見つけたな」

「そりゃあ骨を折って探したからな! 恩人に礼の一つもできなきゃ、アルカウス・グランツの名が廃るってもんよ」

「ククク……おい、なぜ隣に座る?」

「お前、何飲んでんだ? あー、適当にツマミも追加しようぜ。苦手なものとかないよな? オレァ、がっつり肉が食いたい気分だ。とりあえず盛り合わせと……」

「フフフ……いや、距離感ちか……」

「あ、もちろんここはオレが全部出すからな」

「ありがとう。おかわりください」


 人の好意には甘えるのが悪魔の正しい在り方である。

 とりあえずここは奢らせてくれ、と。

 了承の一つも取らず、馴れ馴れしく隣に腰掛けたアルカウスに思うところがないわけではなかったが、サジタリウスは素直に誘惑に負けておくことにした。人を誘惑する側なのに、誘惑には徹底的に弱いのがサジタリウスという悪魔であった。


「その口ぶりだと、孫娘は大丈夫だったようだな」

「お前さんのおかげだよ。本当に感謝してる」

「オレは何もしていない。ただ、お前はあの子を助けるための努力をして、あの子は助かる運命にあった。それだけのことだ」

「謙遜すんなよ。あの時、あの場所にお前がいてくれなかったら、オレはルナを……大切な孫を失うところだった。いくら礼をしてもしきれねえ」

「フフフ……まぁ、礼をくれるというのなら、有り難く受け取っておこう」

「おう! 今日は気が済むまで飲め飲め!」


 並々と酒が注がれたジョッキを重ねて、鳴らす。


「運び屋の仕事は長いのか?」

「ん? まあ、そうだな。生まれてこの方、この仕事しかしたことねぇし」

「仕事は楽しいか?」

「そうさなぁ。オレももう歳だからよ。最近は腰が痛くてな。働かずに楽ができるなら、そりゃ楽してぇよ」

「ククク……わかる。オレも働きたくない」

「お前さんはそりゃそうだろうな」


 言葉を重ねて、互いを知る。


「がははははは! だからオレの孫はとびっきりの美人になるんだよ! 間違いねぇ! ジジイのオレが言うのもおかしな話だが、あの子は頭も良いし、気立ても抜群だ! ルナは本当に良い女になるぜ! 賭けてもいい!」

「フフフ……なら、今のうちに粉をかけておくか」

「あ?」

「ククク……冗談だ。いや、顔こわ。冗談だ、アル。本当に冗談だから、本気にするな」


 笑顔を重ねて、時間を溶かす。

 アルカウスの、明らかに人懐っこい明るい性格に釣られて、いつの間にかサジタリウスも、彼の名前を呼ぶようになっていた。


「ん? なんだお前さん。カードやんのか?」

「まあ、多少は」

「そいつぁ良い。オレもギャンブルが趣味でな。親睦を深めるためにも一戦交えようぜ」

「ククク……いつの間にお前と親睦を深めることになったのかは知らんが、良いだろう」


 対人戦であれば『妄言多射レヴリウス』を使うまでもなく、サジタリウスというギャンブラーはプレイヤーとして強い。

 優雅にタダ酒とタダ飯を楽しみながら。自分を恩人だという馴れ馴れしいこの人間を、煽てて調子に乗せて、毟れるだけ金を毟ってしまおう、と。

 内心でほくそ笑みながら、サジタリウスはカードをシャッフルし、ゲームを開始した。

 簡潔に、結論から言えば。


「……」

「お前さん、すげえ強いな!? びっくりしちまったぜ」


 サジタリウスは、ボコボコにされた。


「……やるな、アル」

「がっはっは! おうよ! オレもゲームにはちょいと自信があるからな!」


 サジタリウスは、ゲームにおいて負けなし、というわけではない。かつて主と仰いだ少女には、じゃんけんという単純なゲームで一蹴されたこともある。

 しかし、戦略があり、読み合いが発生し、思考の攻防が行われる。そういったゲームでサジタリウスが敗北を経験したことは、極めて少ない。


「ククク……もう一回だ」

「おう、いいぜ」


 リベンジしても、また負けた。

 表情が読まれている。


「フフフ……次はボードゲームでもやるか」

「お、いいぜ。駒のデザインが良いよな、これ。ハンデやろうか?」

「不要だ。本気で来い」


 リベンジのリベンジをしても、またまた負けた。

 先の手が見透かされている。


「いやぁ、わりぃな。オレばっか勝っちまって」

「ク、ククク……今日はちょっと、調子が悪いかもしれんな」


 手を変え、品を変え。

 酒場で遊べるような簡単なゲームを、遊べるだけ遊び尽くして、遂にサジタリウスはテーブルの上に突っ伏して呻いた。

 全戦全敗。

 我が事ながら気持ち良くなるほどの、負けっぷりだった。


「さて、じゃあ今日はお開きにすっか」

「……そうか。名残惜しいが……」

「じゃあ、次は一週間後だな」

「え?」

「え、じゃねえよ。なんで鳩が豆鉄砲喰らったようなツラしてんだ」


 さっさと支払いを済ませながら、アルカウスは朗らかに笑った。


、って。そういう話だよ」


 そう言われて、ようやく気が付く。


 そうか。次が、あってもいいのか。


 もう一度遊べたら、それはきっととても楽しいだろう、とサジタリウスは思った。

 そして、同時に。

 次が、あるのなら。

 まだこの男を食うわけにはいかないな、と悪魔は思った。


「ククク……一週間後だな。いいだろう。その日なら、ちょうどオレのスケジュールも空いている」

「うそつけ。お前さんぜってぇいつでも空いてるだろ」


 その日。アルカウスと遊んだゲームで、サジタリウスは結局『妄言多射レヴリウス』を一度も使わなかった。

 使おうと思えば使えたはずなのに、なぜか使う気になれなかった。

 金も、命も、何も賭けずに気楽に行うゲームは、負けても楽しい。

 純粋に、友人と楽しむゲームがこんなに心踊るものであることを、サジタリウスという悪魔は、はじめて知った。

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