悪魔と親友②

 サジタリウスの魔法『妄言多射レヴリウス』は、本人が発言した事象を全てする……


「まずはその子の傷を見せろ」


 

 言葉にして発声する、というタイムラグがあるとはいえ、それだけで全ての望みが叶うのであれば、サジタリウスはとうの昔に最上級悪魔の中で最強に至っていただろう。しかし、事実としてサジタリウスは最上級悪魔の中で間違いなく最弱であり、その理由は戦闘向きではない本人の気質だけでなく、魔法にもあった。

 『妄言多射レヴリウス』が実現できるのは、あくまでも、起こり得る事象のみ。

 例えば、サジタリウスが矢を番えて射る際に「オレの矢は必ず当たる」と宣言すれば、放った矢は必中する。が、弓も矢も持っていない状態で「オレの矢は必ず当たる」と宣言しても、何も起こらない。

 殺したい相手に「お前は死ぬ」と宣言しても何の意味もないが、病を患っている相手に「お前の病はひどくなる」と宣言すれば、確実に悪化する。つまるところ『妄言多射レヴリウス』とは望んだ可能性を目の前の現実に結びつけ、事実として引き上げる魔法である。

 万能ではあるが、全能ではない。

 そんな自身の魔法の特性をよく理解しているサジタリウスは、少女の傷の確認から入った。


「なるほど」


 意識はない。頭部から出血。全身に打撲。右足がおそらく折れている。腹部には、刺さった木片。

 まだ小さな手を握りながら、サジタリウスは言葉の選択を慎重に意識して、一言一句違えぬように紡いだ。


「大丈夫だ。傷はひどいが『打ちどころは良かった』らしい。腹部の傷も『内臓は外れて』いる。出血も『これ以上はひどくならない』だろう」

「本当か? というか、あんたやっぱり医者なのか!?」

「医者ではないと言っただろう。多少の心得があるだけだ」


 上着を脱いで、少女の体がそれ以上冷たくならないように、包む。

 必要最低限『妄言多射レヴリウス』によって少女の容態を保ったところで、サジタリウスは横転した馬車の状態を見た。


「この馬車はまだ走れるのか?」

「わからん。起こしてみないことにはなんとも……車輪と骨組みにも亀裂が入っちまってる。道中で割れちまったらそれで終わりだ」

「確かめてみよう」


 馬車が損傷を負っている箇所を確かめるように触れながら、サジタリウスは口に出して告げる。


「問題ない。この程度なら『宿場町に着くまでは走れる』はずだ」

「本当か!? いや、しかしこの有様じゃ……」

「黙れ。この子を助けるんだろう? 助けたければオレの言葉を信じろ。さっさと馬車を起こすぞ」


 なんとか二人掛かりで馬車を引き起こしたあと、サジタリウスは男の肩に手を置いてさらに言った。


「東へ全力で走れ。オレが宿場町に寄った時、腕の良い旅医者がいた。まだ『街に残っている』かもしれない」

「わかった! 恩に着る!」


 泣き言の一つや二つ、返ってくるかと思ったが、男は即答で頷いた。

 気風の良い男だと、サジタリウスは思った。

 だから、最後にもう一つ添えておく。

 根拠はない。要因もない。だから、意味はないかもしれないが、それでもサジタリウスは、最後にその言葉を贈った。


「大丈夫だ。この子の命は必ず助かる」

「ありがとう! お前さん、名前は!?」

「サジタリウスだ」

「ありがとうサジ! オレはアル! アルカウス・グランツだ! 運び屋をしている! 宿場町で名前を出してくれれば、どこかで必ず引っ掛かるはずだ。いつか必ず、必ず礼をさせてくれ!」

「いいから早く行け。縁があれば、また会おう」

「ああ! 絶対にまた会おう! 約束だぞ! サジ!」


 去っていく馬車を見送りながら、サジタリウスは誰にも聞かれない小さな溜息を吐いた。

 また会おう、と彼は簡単に言っていたが、それはない。

 もしも、また会う時があるとすれば、それはサジタリウスが、彼の魂を喰らう時だからだ。


「ククク……いかんな。ああいうお人好しの魂は、どうにも不味くて食えん」


 言い訳のように重ねた呟きは、誰の耳にも届くことなく、雨の中に吸い込まれた。

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