悪魔と親友①

 そんな彼らの戦いを、ルナローゼ・グランツは物陰からひっそりと眺めていた。

 純粋に、すごい、と思う。

 勇者がパンツ一丁で戦いに飛び込んでいった時はどうなることかと思ったが、世界を救った勇者の実力に、ルナローゼの視線は釘付けになっていた。決して半裸の馬鹿の躍動に釘付けになっていたわけではない、多分。

 勇者だけではない。悲鳴を撒き散らしながら幾度も武器として使い捨てられている元社長や、そこにやはり白ブリーフ一丁で飛び込んでいった現役騎士団長。目の前で繰り広げられる戦いの何もかもが規格外過ぎて、ルナローゼの脳はパンクしそうだった。

 しかし、本当に恐ろしいのは。

 そんな規格外の彼らとたった一人で渡り合っている、あの最上級悪魔だろう。

 悪魔。そう、悪魔だ。

 ルナローゼは、あらためて認識する。

 自分が知る彼は……サジタリウス・ツヴォルフは、アレと同じ悪魔という存在なのだ。


「ククク……良かった。無事だったか、ルナ」

「ひゃあああ!?」


 突然、背後から掛けられた声に、ルナローゼはらしくない悲鳴を挙げてしまった。

 振り返ると、そこに立っていたのは見慣れた絶世のイケメンだった。


「さ、サジ!? 急に現れるのはやめなさいといつもあれほど……っていうか、どこにいたんですかあなた!?」

「スロット打ってトランプしてた」

「しばきますよ?」

「フフフ……ごめんなさい」


 と、そこでルナローゼは、クソヒモのイケメンが胸の前に何かを抱えていることに気がついた。


「なんですか? その子は」


 サジタリウスに抱えられた青髪の少女は、無表情のまま気軽に手を挙げた。


「よっ」

「あ、はい。どうも……じゃなくて!? サジ! なんですかこの子は!? こんな小さい子をどこから攫ってきたんですか!? それとも遂に色ボケが過ぎてこんな小さい子まで……犯罪ですよ!?」

「ククク……幼女よ。誤解を解いてくれ」

「やだ。めんどくさい」

「フフフ……まずいな。誠実さがオレの美徳だというのに。浮気を疑われてしまう」


 幼女を抱えたまま器用に肩を竦めたサジタリウスは「そんなことを言っている場合ではないな」と呟いて、ルナローゼに向き直った。


「ルナ。ここは危険だ。あのアホ勇者がトリンキュロと戦っている間に、逃げるぞ」

「……サジ」

「このカジノが失われるのはそれなりの痛手だが、そもそもここのオーナーはトリンキュロだ。オレたちのギルデンスターン運送の乗っ取りに、何ら支障はない。安心しろ。お前の契約者として、オレは必ず……」

「サジ!」


 普段は滅多に出さないような、感情的な叫び声。

 自分の喉からそれが飛び出したことに、自分自身が驚いて。それでも、ルナローゼはサジタリウスに向けて、続く言葉をしっかりと紡いだ。


「社長から、すべての事情を、聞きました」

「…………そうか」


 ギャンブルで大金をスってきた時のように、狼狽えるのかと思っていた。

 浮気を疑われた時のように、わかりやすい嘘を吐いてほしかった。

 しかし、ルナローゼの言葉を聞いたサジタリウスには、驚きも動揺もなかった。

 ただ、短く一言。

 本当に、ただ頷いた。


「でも、私はあなたの口から直接聞かなければ、信じません。納得もしません。だから、教えてください。サジタリウス」


 瞳に、涙が滲んでくるのを無視して、ルナローゼは言った。


「おじいさまを殺したのは、おじいさまの魂を喰らったのは、本当にあなたなんですか!?」

「そうだ」


 ただ、短く一言。

 肯定だけがあった。


「お前の祖父を……アルを殺したのは、オレだ。ルナ」




 ◆




 そもそも、悪魔とは何か?

 人類史上はじめて魔術を扱ったとされる原初の魔導師……マギア・シャイロックは自身の著書の中で、通常の魔物とは異なる悪魔の存在を三つの条件で定義した。

 一つ。人の言葉を理解するモノ。

 二つ。人の魂を喰らうモノ。

 三つ。人にモノ。

 人の言葉を理解する悪魔は、通常の魔物とは異なり、意思の疎通が可能である。

 しかしながら、人を簡単に引き裂く爪と牙を持ち、翼で宙を舞う悪魔は、根本的に人間よりも上位の生物である。

 そして、力で人を上回り、知恵で人を欺く悪魔は、目をつけた獲物に『契約』を持ち掛ける。その『契約』の完遂を以って、悪魔は人間の身体から魂を取り出し、喰らい尽くす。

 マギアが遺した定義は、現代に至るまで知識として人に受け継がれ、悪魔がどのような存在であるかは、一般の人々にも広く認知され、恐れられている。

 人類の敵として認知され、理解されているにも関わらず、現代に至るまで、悪魔の存在は根絶できていない。

 それは、人間という生物が、悪魔を利用し、悪魔と契約し、悪魔を己の望みを叶えるために利用してきたからに他ならない。


 サジタリウスは、今でも鮮明に思い出せる。


「誰か!? 誰か近くにいねぇか!? 頼む!」


 冷たい雨が降る日だった。

 元々、土壌が悪く、馬車を走らせるには向いていない山道だった。手綱を握る腕が悪かったのではなく、単純な不運が重なって、馬車が横転してしまったことは、傍目にも明らかだった。

 そして、馬車から投げ出された幼い少女の打ち所が悪く、明らかに危険な量の血を流しているのも、また明らかだった。


「ルナは……この子は、孫娘なんだ! 誰か、手を貸してくれ!」

「その娘を、助けてほしいか?」

「助けて……助けてくれるのか!? あんた、医者か!?」


 掛けた声に、飛びつくように顔が持ち上がる。


「医者ではない。だが、助けられるかもしれない」


 泥が膝につくのも構わず、体を屈めて少女の怪我の状態を見ながら、サジタリウスは問いかけた。


「お前、オレに賭けてみる気はあるか?」


 それが、サジタリウス・ツヴォルフとアルカウス・グランツの出会い。

 二人が友情を育む、最初のきっかけだった。

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