騎士作家
「たしかに、ボクが親友と過ごした時間は、共に冒険した仲間に比べれば、短いだろう。しかし、ボクと親友が共に過ごした一年の青い春は……なによりも、誰よりも色濃いものだった」
トリンキュロの背筋を、冷たいものが走り抜ける。
そう。忘れてはならない。
そもそも、ジェミニの『
勇者一人で
勇者と連携できる前衛が増えるだけで『
それが、勇者の速度と呼吸についてこられる前衛なら、尚更だ。
「そして……ボクは己の研鑽を積み重ねながら、親友と肩を並べて戦うことを、常に
トリンキュロは絶句する。
あまりにも力強く、気持ち悪い宣言だった。
絶句したトリンキュロを殴り飛ばしながら、勇者もどん引きしていた。
「ボクの脳内では既にそれらのシーンは、完璧に書き終わっている! ならば、あとは実現するだけ! 息が合わないわけがない!」
積み重ねた妄想の力で勇者の動きに完璧に追従する変態が、心の底から笑っていた。
「だからこそ、大悪魔よ! ボクはキミに、心の底から感謝している!」
連携は、途切れない。終わらない。
故に、トリンキュロは抜け出せない。
「ボクの望む
レオ・リーオナインの魔法の真価は、止まらない。
「そして、その返礼として!」
銀槍の穂先がトリンキュロの体を掠める。
「──キミの名を、ボクの作品に刻み込もう」
掠めた瞬間。
ペンを持つ反対の腕が、まるで別の生き物のように、本に文字を書き記す。
「『ターゲット・キャスティング』」
トリンキュロの背筋に、再び悪寒が走る。
相手が理解できないことからくる、悪寒ではない。
相手が変態であることからくる、悪寒でもない。
「『トリンキュロ・リムリリィ』」
相手の魔法に、捉えられた。
そんな直感からくる、本能的な生命の危機。
「ちっ……いい加減に鬱陶しいんだよ! 『
接近してくる変態を引き剥がすために、トリンキュロが発動させた魔法は『
だがそこで、トリンキュロはようやく気付く。
「……ぇ、あ?」
起動させようとした魔法が、反応しないことに。
凄まじい勢いで捲れていく光の本から、また一枚。新たな紙片が、千切れ飛んだことに。
獅子のような眼光が、トリンキュロを真っ直ぐに射抜く。
視線が、獲物を捉える。
「作家の端くれから言わせてもらえば……」
筆先が、魔法を捉える。
「キミの心の描き方は、最悪だ。品性に欠ける」
二刀流、と呼ぶには、その姿はあまりに滑稽である。
だが、その騎士は、たしかに二つの武器を持っている。
右手に風の槍を。左手に魔法のペンを。
自分自身と触れたものを、すべて『創作』する。
現実を虚構に。虚構を現実に。その魔法は、紙の上の絵空事を、現実へと昇華する。
その在り方と戦闘スタイルから、史上最年少で騎士団長の地位にまで登り詰めた天才は、畏敬を込めてこう呼ばれた。
『
「まさか、お前、魔法のむこ……」
疑念が言葉になる前に。
横合いから、全体重を載せた勇者の渾身の打撃がトリンキュロの顔面を砕き、吹き飛ばした。
「どうだい、親友!」
「ん」
ワンセットの攻防が終わる。
連続していた攻撃に、一区切りがつく。
隣に立つ親友の問いかけに、勇者は軽く頷いた。
「悪くない。このまま頼むぞ、相棒」
「アッ……」
レオ・リーオナインの全身を、その瞬間、稲妻が貫いた。
身体中を熱い感動が駆け抜け、満ちていく。
相棒。
相棒。
相棒。
なんと、甘美なる響きだろうか。
気がつけば、レオの瞳からは、一筋の涙が流れ落ちていた。
「新作のタイトルが決まったよ……『親友から相棒へ〜黒輝の勇者と騎士作家の友愛〜』これでいく」
「いくな。帰ってこい」
親友兼相棒の頭を思い切り叩きつつ、勇者は立ち上がったトリンキュロ・リムリリィを見据えた。その全身は、やはり元通りに、傷一つない少女の姿に癒えている。
たしかに、再生はしている。だが、レオの『
仕留めるために必要なピースは、揃いつつある。
あとは、
「なになに? いつまで男同士でイチャイチャしてんの?」
その声の主は、トリンキュロではない。
勇者とレオの間に、割り込むように。
二人の肩に、気安く腕を回したのは、先ほどまで絶命していた……この場にもう一人いる騎士団長だった。
「……先輩。もう大丈夫ですか?」
勇者の問いかけに、イト・ユリシーズは明るい笑顔で答えた。
「平気平気。元気いっぱいだよ、ワタシは。内蔵を抜き取られて死ぬっていう、貴重な経験もできたし。あの死霊術師さんに借りを作ったのは、死ぬほど癪だけど」
「それはよかったです。あと、内蔵抜き取られて服ボロボロなんですから、前は隠してください。胸当たりそうなんですよ」
「当てようとしてるって言ったらどうする?」
「……」
「っ……先輩っ! ネタいただきました! 先輩!」
「おいやめろペンを動かすな」
イトが悪ふざけをし、レオが乗っかる。
これではまるで、同窓会だ。
しかし、それも悪くないか、と勇者は思った。
「およそ三分。それが、ヤツの復活のインターバルだ。三分以内に、あのブサイクな魔法の塊を、再起不能になるまで殺し尽くす」
「了解了解。先輩の威厳、取り戻させてもらおっかな」
「応とも。任されたよ、親友」
かつて、騎士学校から追放され、国から王女を攫った勇者は、ステラシルド王国にとって、お尋ね者に近い存在であった。表立った支援はもちろん、国のシンボルである騎士団長との共闘など、以ての外。
それが今日、皮肉にも実現する。
「時に、親友。騎士団長と肩を並べて戦ったことは?」
「いや、ないな」
「お。じゃあワタシが勇者くんのはじめてだ〜」
「意味深な言い方やめてください」
「ふっ……さりげなくボクの存在が無視されたね」
ゆるいやり取りを続けながら、三人は陣形を組む。
騎士学校の教練で最初に学ぶ、スリーマンセルの基本形。
基礎中の基礎とも言えるそれを、世界を救った勇者と、王国最強の騎士団長の二人が、揃って組み固める。
武器を持たない勇者の傍らに、剣と槍が並ぶ。
どこまでも芝居がかった口調で、レオ・リーオナインは宣言した。
「さあ、史上空前の共闘をはじめようか」
敵は、かつての四天王第一位、トリンキュロ・リムリリィ。
相手にとって、不足なし。
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