変態の魔法

 レオ・リーオナイン。

 二十三歳。騎士学校卒業。元七光騎士。

 首席で入学するも、登校初日に勇者との決闘を行い、敗北。肩幕を剥奪される。

 しかし、勇者が騎士学校から追放された後、たゆまぬ努力と研鑽の末に、七光騎士に再び復帰。

 卒業時の席次は、第一位。


「開け……『紙上空前 オルゴリオン』」


 稀代の天才女剣士、イト・ユリシーズに続く……である。


「『オープン・セフェル』」


 槍を持つ手とは逆側の手。

 レオがかざした、左腕。それに応えるように現れたのは。


「……本?」


 思わず漏れ出た、トリンキュロの困惑。呟きの通り、それは一冊の本だった。

 カバーや背表紙には一切の書き込みがされておらず、まっさらの白紙。薄く光り輝く一冊の本は、まるで使い魔のようにレオの周囲をくるくると回る。

 魔法使いは、その身一つで奇跡を起こす。

 道具も武器も、本来は必要としない。

 だが、レオ・リーオナインの魔法は、そういった普通の魔法とは、明らかに種類の異なるものだった。

 ぺろり、と。トリンキュロは赤い舌で唇を舐める。


「おもしろいね。とんだ不審者に乱入されたと思ったけど……どんな風にその魔法に至ったのか、興味が出てきたよ!」


 相手が魔法使いであるなら、それらはすべて、トリンキュロの捕食対象。

 例外はない。ただ、味を見て、喰らうのみ。

 小細工無しに突っ込んでくるトリンキュロを前に、レオの隣で勇者が拳を構える。


「来るぞ」

「焦るなよ、親友。強敵を前に焦りを表に出すのは、やられ役のすることさ」

「ていうか早く服着ろよ」

「気にするなよ、親友。そもそも、ボクの身体に見られて恥ずかしい部分など一つもないだろう?」

「やかましいわ」


 迫りくる悪魔を意にも介さず、レオはゆったりと笑った。

 ステラシルド王国の騎士団長の就任条件は、多岐に渡る。

 家柄、人格、実績。通常の騎士が地位を上げていくにあたって必要なそれらを無視して、絶対とされる条件がいくつか存在する。

 単独で最上級悪魔と対峙できる戦闘能力を有すること。

 色魔法の保持者であること。

 第一騎士団のグレアム・スターフォード。第二騎士団のジャン・クローズ・キャンピアス。第三騎士団のイト・ユリシーズ。

 己の色を持つ彼らとは違い、レオ・リーオナインの魔法はその頂には至っていない。

 では、色魔法を持っていなければ、騎士団長になることはできないのか? 

 それもまた、否。

 たとえ色魔法を持っていなくても、騎士団長に求められる強さは変わらない。

 色魔法を持っていなくても、色魔法の使い手と互角以上に渡り合える。


「はじめようか……『ペン』」


 それが『紙上空前 オルゴリオン』という魔法だ。

 槍を握る右腕とは逆。それこそ魔法のように、唐突に出現した羽根ペンを、レオの左手が握った。

 騎士としてのレオ・リーオナインの武器は、間違いなく槍である。

 しかし、レオという人間の武器は、決してそれだけではない。

 勇者の冒険と活躍、その青春時代を一冊の本に綴り、多くの人に届くようにまとめ上げた。


「『クイック・プロット──華麗なる回避スプレンディド』」


 作家としての武器が、その手の中に在る。

 本が開き、筆が唸る。一枚のページが、千切れ飛ぶ。

 次の瞬間には、レオ・リーオナインの回避行動は完了していた。


「っ!?」


 攻撃を空振った。

 トリンキュロがそんな事実を認識するのに、一瞬の間が空く。

 こんなパンツ一丁の変態に、攻撃をあしらわれたのか、と。

 そう思った瞬間には、既にレオ・リーオナインはパンツ一丁の変態ではなくなっていた。


「『クイック・プロット──迅速なる武装ドレスアップ』」


 早着替えというには、あまりにも一瞬だった。

 レオが全身に纏ったのは、白銀の重装鎧。そのきらびやかな白とどこまでも対照的な、漆黒の肩幕が靡く。

 宙を舞う光のページ。その隙間から襲いかかる、穿ち抜くような槍の一閃。

 迅風系の魔術が付与された一撃に、トリンキュロは大きく跳ね飛ばされて後退し、片膝をついた。血反吐と共に、トリンキュロは吐き捨てる。


「……いつ着たんだよ?」

「もちろん、今だけど?」


 かつての四天王の第一位の意表を突き、レオは爽やかに笑う。

 その隣で、勇者はじっとりとした視線を向けた。


「お前、いつでも服着れたんだな……」

「当然だよ、親友。キミに合わせて服を脱ぐのはやぶさかではなけれど、今ではボクも立派な大人だからね。体裁というものがある。こんなこともあろうかと、服はいつでも着れるようにしてあるのさ!」

「ていうか、お前の魔法……それ、なに?」

「ふっ……おいおい親友。敵の前で自分の魔法を説明するバカはいないだろう?」

「急に正論吐くなよびっくりするだろうが」


 軽く、小気味良く、テンポよく。

 まるであの頃のように。学生時代に戻ったかのように言葉を交わしながら、勇者とレオは肩を並べる。


「そんなわけでボクの魔法の説明はあまりできないけど、大丈夫かい?」

「問題ない。合わせて動けばいいだけだし」

「はっはっは! 心強いなぁ、親友!」

「お前の魔法のことはよく知らないけど、お前が強いことはよく知ってる。だから、心配はしてない」

「っ……親友っ! 名言いただいたよ! 親友!」

「おいやめろおれの言葉をいちいちメモするな。お前まじでそれ新作とかに使うなよ!? おれが恥ずかしいから」




「いつまで男同士でイチャイチャしてんだよぉ!」




 トリンキュロ・リムリリィの絶叫が、男二人の漫才をかき消した。

 魔法によって形成された瓦礫の尾が、薙ぎ払うように振るわれる。

 勇者は跳躍してそれを回避し、レオは体勢を低くして、それを避け、トリンキュロの懐に飛び込む。


「どうする親友!? イチャイチャと言われてしまったぞ!」

「最悪だ。鳥肌が立つ」

「注意することはあるかい!?」

「迂闊に触れるな。死ぬぞ。生半可な遠距離攻撃は、すべて拡散される。近接は、見えない衝撃波に注意」

「了解したよ!」


 笑いながら、レオの槍がトリンキュロの形成した尾を砕く。

 言いながら、勇者は親友に視線を合わせる。


「『哀矜懲双へメロザルド』」


 そして、入れ替わる。


「バカが! そんな急場凌ぎの連携でっ!」

「急場凌ぎ?」


 レオの笑みが、消え失せる。

 心の底から、悪魔の言葉を疑問に感じているような声音だった。


「冗談にしても、おもしろくないな」


 勇者の拳が、トリンキュロを殴打する。

 転移。

 レオの槍が、トリンキュロの右腕を穿ち抉る。

 再びの転移。

 勇者の足払いがトリンキュロの体勢を崩し、レオの槍がトリンキュロの左肩を突き刺す。

 前衛と後衛にわかれた連携と比較して、魔法使い同士の近接連携は、困難を極める。ともすれば仲間を切り捨ててしまう可能性もある前衛同士の連携は、熟練のパーティーでも難しい。

 しかし、レオと勇者は、平然とそれをこなしてみせる。

 三度の、転移。

 打撃と槍撃が同時に直撃し、トリンキュロは疑問を口にせずにはいられなかった。


「ぐっ……どうして」


 共に旅をしたパーティーメンバーなら、理解できる。

 共に長い時を過ごした仲間であるなら、理解できる。

 しかし、レオ・リーオナインは、勇者のパーティーメンバーではない。仲間でもない。

 連携を打ち合わせる時間も、積み重ねも、何もないはず。

 なのに、何故? 

 どうしてこんなにもこの二人は、呼吸も、テンポも、タイミングも、


「どうして、こんなにも息が合う!?」

「親友だからさ」


 まるで心を見透かしたように。

 レオ・リーオナインは悪魔に告げた。

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