勝利の条件
手持ちの札では、殺し切れない。
それが、現状のトリンキュロ・リムリリィと対峙する、勇者の結論だった。
(打撃は効いてるが、決定打にはなりにくい……虎の子の『
トリンキュロ・リムリリィの戦闘スタイルは、敵の攻撃を受けて、分析することに偏っている。
大抵の攻撃は受ける。魔法効果も、浴びることで把握する。
それは、相手の心を隅々まで理解したい、というトリンキュロの欲求に依るものだ。
だからこそ、トリンキュロの戦闘は、根本的にスロースターター。逆に言えば、戦いが長引けば長引くほど、上り調子にコンディションを上げていく。
(あまり、長引かせたくないな……)
思考を回しながらも、勇者は拳を止めない。
「表情が険しくなってきたなァ! 勇者ぁ!」
「殴ってもスッキリしないからな。仕方ないだろ」
迫るトリンキュロの拳を、突き落として、顔面に一撃。
鼻筋の骨を砕く感触を確かめつつ、強く踏み込み、もう一撃。今度は、内蔵に響く、確かな打撃の感触。小柄な体が、衝撃だけで宙を舞う。
直後、吹き飛ばしたトリンキュロの背後へ『
首が圧し折れる音が響き、白いドレスに彩られた体が、がくりと倒れ伏して、
「……ボクも飽きてきたよ。キミに殴られるのは」
トリンキュロの全身が、嘘のように元通りになる。
「そうかい。じゃあこっちだな!」
「あぶばぁ!?」
手元に引き寄せたリリアミラを、勇者はフルスイングした。絶叫と共に、リリアミラが数回、トリンキュロの魔法によって砕ける。野球のバットの要領でリリアミラを振り回しつつ、仲間の犠牲を無駄にしないために、勇者は思考を前に進める。
トリンキュロを攻略するためには、あの無尽蔵の再生能力にある何らかの仕掛けを看破する必要がある。
(ヤツがダメージを負ってから……回復の魔法を使ったのは、これで二回)
仲間を殺された怒りを漲らせながらも、勇者はずっと、敵の魔法を盗み見てきた。
叩きつけ、炸裂するリリアミラの隙間から、勇者はトリンキュロを見据える。
(見えてきた。およそ『百八十秒』。これが、ヤツが回復するために必要なインターバルだ)
約三分。それが、トリンキュロを殺し切る、タイムリミット。
連発はありえない。ノーリスクで使える魔法なら、延々と回復を回し続ければ良いからだ。
ダメージを負ってから、回復するまでに明らかな間を要していることから、致命傷以外でトリンキュロが魔法を使う気配はない。
何が必要だ?
火力がほしい。一撃で魔法防御を貫けるような、火力が。
どう叩き込む?
手数がほしい。数で圧を掛ければ、直撃を狙いやすくなる。
今の自分に、そんな魔法があるか?
ない。魔王の呪いを受けたこの身体から、そんな神秘はとうに消え失せている。
「……やれやれ」
勇者は苦笑した。
その苦い呟きを、トリンキュロは見逃さない。
「いろいろ考えてるみたいだけど、無駄だよ」
打撃のテンポに、徐々に対応する。
間合いの変化に、段々と追い付く。
勇者の命に、幾度も指を掛けながら、トリンキュロは告げる。
「キミは強い。でも、昔のキミならともかく……今のキミじゃあ、ボクは殺せない」
「……そうだな」
自分は、たしかに昔よりも弱くなった。
トリンキュロの指摘を、静かに受け入れて、肯定する。
「お前の言う通りだ。おれはもう、強くない」
瓦礫を取り込み、肥大化したトリンキュロの右腕の攻撃を、勇者はリリアミラで受ける。
「おれ一人じゃ、お前には勝てないのかもしれない」
瓦礫を砲弾に変えて、射出するトリンキュロの砲撃を、勇者はリリアミラで受ける。
「でも、今のおれには……仲間がいる」
高速回転するトリンキュロの打撃を、勇者はリリアミラで耐え凌ぐ。
「仲間がいる、か。群れることしかできない、ひ弱な人間らしい主張だ。それで!? キミの頼れる仲間ってのは、その肉壁のことかい!?」
「違う。これは武器」
「それは失礼!」
あ、違うんだ。
そう思いながら、盾にされたリリアミラは本日十数回目の死を迎え、勇者の手元から弾き飛ばされた。瞬間、トリンキュロは抜け目なく吹き飛んだリリアミラに向けて、瓦礫の砲弾を叩き込み、勇者の視界を覆い隠す。
「ちっ……!」
「なら、まずは武器を奪う!」
これでもう、勇者は『
最も厄介な
勇者がトリンキュロを分析していたように。
悪魔もまた、勇者を倒す方策を、頭の中で巡らせていた。
「拳で魔法を弾かれるならッ! 拳で防げない圧力で魔法をぶつければいいよなァ!」
床に触れているトリンキュロの足元が、噴出する水の如く、湧き上がる。
勇者の周囲の地面が、隆起する。
取り囲むように『
「沸騰して死んじまいな! カラーイミテーション! 『紅氷……」
「言ったよな。トリンキュロ」
追い詰めたはずの、勇者は。
トリンキュロを見上げて、しかし悠々と、その頭上を指差した。
「
それは、勇者が指摘した通り、トリンキュロ・リムリリィの頭上から飛来した。
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