ヒモカス悪魔の告白

「ククク……めっちゃ強い、か。それは、見物だな。力を失った黒輝の勇者が、四天王の第一位を再び倒し得るか。オレとしても、興味深い」

「うむ。そういう意味では、あなたとわたしも、同じ」

「……同じ?」

「わたしは、勇者のことを心配していない。あなたも、

「ククク……幼女よ、何が言いたい?」

「言いたいことは、ない。でも、聞きたいことは、ある」


 一つ一つ。

 一手ずつ、詰めていくように。

 ムムは、言葉を重ねていく。


「あなたは、ゲームで負けた勇者の行動を、魔法で縛った。でも、勇者がトリンキュロと戦うことに関しては、一切制限していない」

「つまり?」


 サジタリウスが魔法によって禁止したのは『自分自身とカジノの人間に対するすべての暴力行為』である。カジノの人間、という指定範囲に『悪魔』は含まれていない。


「あなたは、自分の魔法で守る範囲から、トリンキュロを意図的に除外している。トリンキュロ・リムリリィを、外部の誰かに排除させようとしている。違う?」

「……ククク」


 手元に一枚しかないカードを弄びながら、サジタリウスは笑う。

 整った顔立ちに浮かぶ笑みを、ムムは静かに見据える。

 この最上級悪魔は、自らのことを最弱であると嘯いていたが、世界を救った勇者と四天王第一位を、意図的に潰し合わせようとしているのだとしたら。彼らを駒として盤上で操り、使い潰そうとしているのだとしたら。

 サジタリウス・ツヴォルフは、最弱でありながら二人の最強を手玉に取る、とんだ食わせ者だ。

 しかし、それと同時に。


「イケメン」

「なんだ。幼女よ」

「トリンキュロのことは、きらい?」

「……今のヤツは、好かん。それだけだ」


 ムムはまた別の感情を、サジタリウスという悪魔に対して懐いていた。


「ククク……勘違いするなよ。おれはべつに、勇者の味方をしているわけではない。ただ、利用できるものを、自分の利のために利用しているだけであって……」

「サジタリウス」

「……なんだ。ムム・ルセッタ」


 ムムは、サジタリウスの名前を呼んだ。

 サジタリウスも、ムムの名前を呼んで応じた。


「わたしは……サジタリウスが、イケメンで、カスで、クズで、ヒモのカスだと思うけど」

「ククク……あまり強い言葉を使うなよ。泣くぞ、オレは。か弱いからな」

「あと、ひ弱で、なよっちくて、かなり弱そうだけど」

「フフフ……やめて」

「でも、あんまり悪いやつじゃないと思う」


 ムムの一言に、サジタリウスはカードを弄ぶ手を止めた。

 一拍の間を置いて、悪魔は言葉を吐く。


「……どうしてそう考える?」

「簡単な話。こうやって、一緒に遊べば、すぐにわかる」

「見た目通りだな。子どもらしい、何の脈絡もない主張だ」

「うん。そうだと、思う。でも、人を見る目には、わりと自信ある。伊達に、長く生きていないから」


 見た目だけは幼い少女の、自信満々の主張。

 人を見る目がある、と。ムムはそう言った。

 それはつまり、サジタリウスを『人』であると、認めているということで。


「わたしは、人間を『親友』と言い切る悪魔を、はじめて見た。それだけでも信用できるって、わたしは思う」


 飾り気のない、けれど素直な言葉。

 それを聞いたサジタリウスは、どこか嬉し気に目を細めて、先ほどまでとは違う種類の笑みを浮かべた。


「そうか。ありがとう」


 トントントン、と。

 指先が、テーブルを叩く。


「やはり、ゲームは素晴らしい。テーブルを挟んで向かい合った瞬間から、立場も地位も人種も種族も、すべてを忘れて興じることができる。だが……」


 リズミカルな音が、ぴたりと止まる。


「忘れるな、ムム。オレは悪魔だ。人間じゃない」


 たった一つ。

 その事実を再確認するように。

 噛み締めて、再確認するように、サジタリウスは呟いた。


「幼女よ。そもそも、悪魔とは……なんだ?」

「……人間の魂を食べる、怪物」

「そうだ。オレたちは人の血を啜り、魂を喰らわなければ生きていくことができない。欠陥品のような種族だ」


 悪魔とは、人間と契約を結び、その代価として魂を喰らう者。

 人の心を喰らうことでしか生きられない、人を餌として認識することしかできない、生まれながらの捕食者。


「オレは、お前が思っているほど、良い悪魔じゃない」


 サジタリウスは、思い返す。


 お前は、悪いやつじゃない。


 かつて、テーブルを挟んで向かい合っていた、唯一の人間の友も、そう言っていた。


「親友を……アルカウス・グランツを喰ったのは、オレだ」


 今は、もういない。


「オレが、ルナローゼの祖父を殺した。だから、オレはあの子と契約を結んでいる」

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