黒の黄金

 人間死んだらどうなるの? 

 そんな使い古された質問に対して、シャナ・グランプレの答えは一つだけだ。

 人間が死んだらどうなるかなんて、神様にもわからない。

 けれど、死んでから生き返った時の気分は、何時だって最悪だ。


「う……ぅん? あれ、私……?」

「勇者さま〜! 言われた通り、賢者さまから蘇生いたしましたわ〜!」

「……は?」


 寝起きにバニーガールは、目に毒である。

 飛び起きたシャナは、何故かバニーガールの格好をしているリリアミラと、いつものように半裸の格好で恥ずかしげもなく立っている勇者を交互に見た。

 寝起きに黒のブリーフは、目に毒である。


「ありがとう。死霊術師さん」

「ゆ、勇者さん……」

「賢者ちゃん。起きたばっかりのところにお願いして悪いんだけど、寒いから服ちょうだい」


 トリンキュロ・リムリリィを一撃で殴り飛ばした勇者がまず最初に要求したのは、当然のことながら自分の身を守る装備だった。

 リリアミラの魔法によって死地から生き返ったシャナは、その第一声にやれやれと溜息を吐いた。


「……なんで裸なのか、とか。私達に何か言うことがあるんじゃないか、とか。言いたいことは山程ありますが、まあ良いでしょう」

「裸じゃないよ。パンツ履いてるでしょ」

「……はぁぁ」


 こんなこともあろうかと持ち込んでおいた……というよりは昔の癖で常に持ち歩いている装備を、シャナは格納用の魔導陣から引き出した。

 人体の要を効率良くカバーする、勇者が好む軽装の鎧。シャナが渡したそれを、勇者はさっさと着込んでいく。脱ぐのが早いだけあって、着るのも手早い。

 ようやく人前に出られる格好になった勇者の背中を眺めながら、シャナは指示を仰いだ。


「命令は? 勇者さん」

「騎士ちゃんと先輩が立ち直るまでのフォローを最優先。赤髪ちゃんは後ろに下げて。おれと死霊術師さんで前をやる。賢者ちゃんは何人使える?」

「広さを加味して、二十人ほどでしょうか」

「三人ずつ、騎士ちゃんたちに付けて護衛を。残りはおれのフォローだ」

「了解です」


 淡々と、やりとりが進む。


「ゆ、勇者さん……! わたしも、まだやれます!」

「大丈夫だよ、赤髪ちゃん。悪いけど、下がってて」


 自分はまだ戦える、と。そう主張する少女の頭をわしわしと乱雑に撫でる勇者の視線は、既に倒すべき敵しか見ていない。


「よくがんばったね。あとは、おれがやるから」


 拳を握り締める勇者に向けて。

 聞いても無駄だろうな、と思いつつも、シャナは問う。


「武装は?」

「いらない」


 極めて平坦な口調で、


「アレを、直接ぶん殴りたい気分だから」

「承知しました」


 一礼と共に、世界最高の賢者は、一歩。後ろに退いた。


「どうぞ、存分に」

「うん」


 何よりも、勇者の全力の戦闘に、巻き込まれないために。




「ボクに一発入れたからって、調子に乗ってんじゃないのか勇者ァ!?」




 直後、激突があった。

 瓦礫の山の中からトリンキュロが飛び出し、咆哮する。

 最上級悪魔の細腕は、華奢に見えても何よりも鋭い凶器だ。野生の獣の爪の如く、襲いかかるそれに少しでも触れた瞬間、トリンキュロの魔法は相手を蝕む。

 するり、と。

 音もなく、勇者はトリンキュロの拳を受け流した。

 まるで、そうすることが最初から決まっていたように。

 勇者は、かつての四天王第一位を、真正面から受けて立つ。


「ちぃ!」


 速度は申し分ない。

 威力は言うまでもない。

 狙いも悪くない。

 しかし、当たらない。

 トリンキュロが繰り出す打撃は『我武修羅アルマアスラ』によって強化されているにも関わらず、その尽くが受け流されて、勇者の体を捉えることができない。

 勇者の突きが、トリンキュロの腹部を撃つ。トリンキュロの薙いだ右腕が、裏拳で弾かれる。勇者の正拳が、トリンキュロの顔面を潰す。トリンキュロの重い蹴りが、勇者の軽い体捌きだけでいなされる。

 普通ならば、トリンキュロ・リムリリィに触れた瞬間に、相手は終わる。

 しかし、勇者は終わらない。

 勇者の打撃は、終わらない。

 ただひたすらに、殴って、殴って、殴り抜く。


「ごほっ……!」


 トリンキュロの胸元で、リボンにあしらわれたブローチが砕ける。

 一連の攻防を見て、赤髪の少女は気がついた。


「触れているのに、魔法が効いてない……?」


 勇者はたしかにトリンキュロの攻撃を的確に回避していたが、全ての攻撃を避けているわけではない。にも関わらず、勇者にトリンキュロの魔法の影響は見られない。


「ええ。勇者さんの拳は、普通じゃありませんからね」


 疑問に、賢者が答える。

 魔法戦の鉄則は、相手に触れられないこと。

 身体的接触による、魔法の影響を避けること。

 故に、魔法使いの戦い方は、大まかに二通りに分かれる。

 自身の魔法によって優位を保ちながら、接近を徹底的に避け、遠距離からの攻撃手段で相手を押し潰すか。

 自身の魔法を直接相手に浴びせるために、懐に飛び込んで、近接戦で強みを押しつけ続けるか。

 接触さえできれば、勝利が確定する。

 己の魔法に絶対の自信を持つ優れた魔法使い。色魔法の使い手ほど、近接戦闘を好む傾向にある。


「また増やしたのか? 魔法」

「ああ、そうだよ! もう魔法が使えないお前と違ってね! 悪いけど、ボクは……」

「そうか」


 よく回るトリンキュロの口を、再び勇者の打撃が、殴って閉ざす。

 今の勇者に、かつての魔法はない。

 全盛期の最強を支えた魔法の数々は、魔王の呪いによって失われている。


「ぐっ……アニマイミテーション! 『奸錬イビル──」


 打撃を通す。


「くそっ……『虎激アリド──」


 打撃を通す。


「ぜ……『不脅ゼル──」


 打撃を通す。

 敵に魔法を使う暇を与えず、ただひたすらに打撃を通す。

 今の勇者に、魔法はない。

 では、現在の勇者は弱いのか? 


「──ぐごっ……がっは……!?」


 いなである。

 たとえ、その強さを根底から支えた魔法のほとんどが失われているとしても。

 数多の戦闘で培ってきた直感と、磨き抜かれてきた洞察は、その一切が衰えることなく、健在。

 そしてなによりも、勇者の近接格闘は、ムム・ルセッタの直伝じきでん。千年の研鑽を惜しみなく伝授された、一つの技巧の頂点。

 それは、触れた瞬間、打撃の刹那に衝撃が伝播し、炸裂する。


 ──魔法殺しの、黄金の拳。

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