魔王の魔法
それは、わたしが勇者さんと賢者さんに、修行をつけてもらっていたときのお話です。
「勇者さんが戦ってきた中で、一番強い魔法ってなんですか?」
わたしの質問に、勇者さんは「ほほう」と腕を組みました。
「赤髪ちゃん。どうしてそんな質問を?」
「はい。単純にちょっと気になって」
「ふむ……まあ、おれも長く冒険してたし、単純に強い魔法とは色々戦ったよね。四天王のクソジジイの魔法とかは、そりゃもうバカみたいに強かった……しかし、なんといっても! やはり世界で一番強いのはこの勇者さんの魔法である……」
「何言ってるんですか。『
横合いから賢者さんの言葉の暴力によってボロクソにされて、勇者さんはしゅんと肩を落としました。ちょっとかわいそうです。
「はい……すいません使い勝手の悪いクソ魔法で、すいません……」
「そ、そんなことないですよ!? ゆ、勇者さんの魔法も、『
「どのあたりが?」
「……」
「ねえ、赤髪ちゃん。どのあたりが?」
「……名前の響きとか?」
フォローしたつもりだったのですが、勇者さんはより深く沈み込みました。どうやら逆効果だったようです。ごめんなさい。
「ふふ……まあいいさ。どうせおれの魔法なんて、元々暗い色だし……色合いなら、騎士ちゃんや賢者ちゃんの魔法の方が、よほど勇者っぽいし……」
「いじけてないで赤髪さんの質問にちゃんと答えてあげてください」
「いじけたくなる原因作ったの賢者ちゃんなんだが?」
賢者さんの杖でほっぺたをぐりぐりとさせながら、しかししっかりと真面目な顔に切り替えて、勇者さんは言いました。
「『
どこか、懐かしい響きがありました。
わたしではなく、遠くを見る目で勇者さんはゆったりと言います。
「魔王の魔法の名前だよ。おれが知る限り、あの魔法が間違いなく最強だった」
「テル、オール……」
その名前を反芻するように呟いて、わたしは勇者さんに聞き返しました。
「もし……もしもの話なんですけど。その魔法を使えるようになったら……わたしも、勇者さんたちと一緒に並んで戦えるくらい、強くなれますか?」
「……さあ?」
「さあ!?」
あまりにもふわふわとした返答に、わたしは目を剥きました。
しかし、勇者さんと賢者さんは顔を見合わせて「だって……ねぇ?」みたいな表情で、頷き合っています。
「あの魔法、最後までよくわからなかったもんな。なんかこっちの攻撃当たらんし」
「天候操作とかがそれっぽい感じではありましたが……如何せん、それだけでは説明できないことが多すぎた、というのが正直な感想です」
「指先一つで海を割ったみたいな噂もあったよね」
「わからないものをわからないままに攻略した、みたいな節がありました」
「それなぁ……赤髪ちゃんはわかる?」
「魔王と一番戦ったお二人が分からないのに、わかるわけないでしょう!?」
まったくもう、と。
溜息を吐くわたしに、勇者さんは苦笑しました。
「ごめんごめん。からかうつもりはなかったんだけど……でも魔法って、やっぱり心から生まれるものだからさ」
見た目よりも皮膚の皮が分厚い手を握りしめて、こんこん、と。勇者さんは自分の胸を叩きました。
「赤髪ちゃんは魔王の強さを目指す必要はないし、魔王みたいになる必要はないよ」
「……はい。そうですね」
それ以上聞いても、多分この人はやさしい笑顔ではぐらかすんだろうなぁ、って。
なんとなく、そんな気配がしたので、わたしは話の流れに乗ったまま、話題を変えることにしました。
「じゃあ、魔王が強かったのは、その魔法のおかげなんですね」
「……」
「あれ?」
そう聞くと、今度はなぜか賢者さんが下を向きました。
なんでしょう? わたし、何か賢者さんの機嫌を損ねるようなことを言ってしまったのでしょうか?
「魔王が強かったのは魔法のおかげ……っていうのは、ちょっと違うかな」
賢者さんの頭をフードの上からぽん、と。
軽く手で撫でながら、勇者さんは言いました。
「魔法と魔術。どちらも、魔王は世界最高の使い手で……だからこそ、彼女は最強だった」
少しだけ、光明が見えた気がしました。
魔法は心。
心の在り方が違う以上、わたしに魔王の魔法が使えるかどうかは、まだわかりません。仮に、これから使えるようになったとしても、その力をきちんとコントロールできるようになるまでには、少なくない時間が掛かるでしょう。魔王と直接対峙した勇者さんと賢者さんが「どんな魔法かわからなかった」と言っている以上、その扱い方や戦い方を教えてもらうこともできません。
「賢者さん」
でも、魔術なら。
わたしの目の前には、シャナ・グランプレという世界最高の賢者がいます。
「わたしに、魔王が使っていた魔術を、教えてもらうことはできますか?」
「……それを、私が扱うことはできません。私の師匠ですら、魔王の魔術は解き明かせまんでした。実際に対峙した経験から『こういうものであった』と。伝聞めいた説明しかできませんが……」
フードの奥から、こちらを覗き込むようにして。
「それでも良いのなら。私個人としても、あなたが魔王の力の一端を扱えるかどうかは、興味があります」
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