勇者は両手に花を持つ

 秘書子さんに向けて、おれは言葉を続ける。


「大切な人が死んだら、人は泣くでしょう? でも、死霊術師さんの魔法は、そういう悲しい涙を、簡単にふっとばしてくれるんですよね」


 『紫魂落魄エド・モラド』は、とてもやさしい魔法だ。

 今はもう名前すら思い出せないが。

 おれの育ての親は、こう言っていた。


 ――世界を救う勇者に必要なのは、正しさでも強さでもない。人に手を差し伸べることができる、やさしさだよ


 だから、死霊術師さんは最初からきっと、勇者になれる資質を持っていた。

 魔法は、人の心の形。

 はじまりは、もしかしたら不幸だったのかもしれない。

 命を指先一つで弄ぶ魔法は間違っていて、それを思うがままに使う心の在り方は歪んでいて。事実、今も死霊術師さんは、自らの死を望んでいる。

 でも、死霊術師さんの魔法がなかったら、もっとたくさんの人たちが泣いていた。

 目に見えない心の形が魔法だとしても、おれは目に見える形で人の命を救ってくれる、死霊術師さんの魔法が大好きだ。

 間違っていても、歪んでいても、それだけは否定させない。

 理由もなしに、人の命を見捨てたなんて、そんな話は信じない。

 命は救うべきもの。その一点に関して、おれは死霊術師さんを疑わない。


「秘書子さんだって、この一年。おれよりも近くで、あの人のことを見ていたはずでしょう?」


 人を信じるためには、時間が必要だ。

 おれは死霊術師さんを殺せなかったから、死霊術師さんを仲間にした。魔王をぶっ倒すために死霊術師さんの魔法が必要だったから、仲間にした。

 互いに、打算があった。利用価値があった。

 でも結局のところ、人間はそんな打算や利用だけでは、酒を酌み交わして笑い合うような仲間にはなれない。

 おれたちと、最後まで一緒に旅をしてくれた。

 それがきっと、死霊術師さんという人間に対する、最大の証明になるのだろう。

 彼女は魔王軍の四天王で。

 多分、たくさん取り返しのつかないことをしていて。

 そんな過去や、感情の重荷を、おれは背負ってあげることはできないけれど。

 でも、死霊術師さんは絶対にそんなことはしない、と。

 仲間のおれが、信じてあげることくらいはできるから。


「……以前、私がお二人の関係について、質問をしたのを覚えていますか?」

「……ああ」


 ――ところで、勇者様はどうして社長のことをお好きになったのですか? 


「勇者さまは利害の一致だと仰いましたが、やはり私はそうは思いません。そもそも、なぜ好きなのか、という質問が適切ではありませんでした」


 いつの間にか、秘書子さんの口調はフラットなものに戻っていて。


「世界を救った勇者さまは、隣で一緒に戦ってくれた死霊術師さんのことが、大好きなのですね」


 ……危ない。

 今度ばかりは、秘書子さんがおれの顔を見ることができなくて良かったと思った。


「はっははぁ! 顔が赤くなっているぞ! 親友!」

「お前マジで黙れよ」


 やはり熱くペンを走らせているアホの頭をしばこうとして、おれは気がついた。

 視界の隅で、もぞもぞと動いている、黒髪。

 その頭の上に、辛うじてまだ残っている、兎耳。

 要するに、先ほど殴り飛ばされた、バニーガール。



「あ」



 つまるところ、話題の中心である、死霊術師さんである。


「見つけたァ!」

「え、なんですか?」

「わっしょい!」


 見つけたので、またひろった。

 何を隠そう、おれは女の子をひろうのが得意なのである。

 肩に担がれてひどく狼狽えた秘書子さんとは違い、死霊術師さんは昔から担がれ慣れているので、狼狽することもない。むしろ、けろっとした態度だった。

 

「あらあら勇者さま。迎えに来てくださりありがとうございます。まったく、さっきはあのクソロリババアに殴り飛ばされてひどい目に合いました。それはそれとして、何やらもう一人背負っていらっしゃいますわね? 本当に勇者さまはすぐ女の子に手を出して……ぎええええ!? 『   』ぇぇ!? なんで勇者さまの肩にいるんですの!?」


 うるせえ。

 めちゃくちゃ狼狽えてる。

 おれの前で、おれに聞こえない人の名前を叫ぶあたり、本気で動揺しているのがわかった。


「しゃ、社長……! これはちょっと、色々ありまして……!」


 右肩に、秘書子さんを。

 左肩に、死霊術師さんを。

 両肩に美女二人を装備して、おれは再び走り出す。


「勇者さま!? じゃなくてあなた! どういうことですか!? 浮気ですか!?」

「黙れ」

「でぃーぶい!?」


 死霊術師さんはやさしい。

 やさしいが、こそこそと暗躍はするし、いらんことを勝手に背負ってくることもある。


「ほら、死霊術師さん。秘書子さんから大体事情は聞いたから、ちゃんと話して。特に、おじいさんのこと」

「え、えぇ……でも」

「でもじゃありません」


 すれ違いとか。

 思い違いとか。

 そういうのが、おれは好きじゃない。

 死人に口なし、とよく言うけれど、二人はちゃんと生きているのだ。

 なら、語るべきだ。

 言葉を交わせば、きっと解決できるのだから。


「おらっ! さっさと全部話して仲直りしなさいっ!」


 表情を見なくても、おろおろしていることがわかる死霊術師さんに対して。

 相変わらずやはりケツしか見えない秘書子さんは、くすりと小さく笑った。


「やさしいひとですね。勇者様は」

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