世界を救った勇者は、死霊術師を信じている
「なんてこった……死霊術師さんに、そんな良い感じの過去があったなんて……!」
「あの、すいません。泣くか走るか私を降ろすか、どれかにしてくれませんか?」
おれは秘書子さんを肩に担いでダッシュしながら、しみじみと涙を流していた。秘書子さんがおじいさんと死霊術師さんの関係を話してくれている間、おれは秘書子さんのタイトスカートに包まれた形の良いケツしか見えない状態だったので、なんかケツが語ってるみたいな感じになってしまったのが少々アレだったが、それでも泣けるものは泣ける。実に良い話だった。
どうせ死霊術師さんのことだから「勇者さまも魔法使えなくなってしばらく殺してくれなさそうだし、一発当てるつもりで起業したら成功しましたわ〜! ラッキーですわ! おほほ〜」くらいの感覚で仕事はじめたのかと思ってたよ、おれは。
「ていうか、何を勝手に感動しているんですか!? 私はあなたからお涙頂戴するために、おじいさまと社長の関係を聞かせたわけではありませんよ!?」
「ふっ……もちろんわかっているとも、お嬢さん! 親友だけではない! このボクも今! キミの素晴らしい話を聞いて、深く胸を打たれている! 率直に言って、創作意欲が漲って止まらないよ!」
隣のアホもおれと一緒に涙を流しながら、どこからか取り出した紙にペンを猛烈な勢いで走らせている。そう、隣を走りながらペンを走らせている。まったくもって器用なヤツである。
ていうかあの紙とペンどこから出したんだろうな。パンツくらいしか仕舞う場所ないと思うんだけど。
「この方もさっきからなんなんですか!? 本当に王国に五人しかいない騎士団長なんですか?」
「多分、騎士団長である前にアホの作家なんですよね……」
王国はこんなヤツに国の防衛まかせちゃダメだと思う。さっさとクビにして他の人間にしたほうがいい。勝手に合コンに来るタイプのアホだからね。
「でも、秘書子さん。おれにはどうにも……さっきの話を聞いても『死霊術師さんがおじいさんを見殺しにした』っていう、秘書子さんの主張に繋がらないんですけど……?」
至極、真っ当な疑問をぶつけてみると、やはりお尻がぴくりと揺れた。
「……おじいさまが病で伏せって、亡くなった時……近くには社長がいました。私は間に合いませんでしたが、おじいさまの死に目を、社長はすぐ近くで看取っています。ですが、あの人は勝手に葬儀を進めて……私に知らせが届いた時にはもう火葬すら終わっていました」
「それはつまり……死霊術師さんが、おじいさんを生き返らせてくれなかったってこと?」
図星だったのだろう。
表情は見えがなかったが、唇を噛み締めて押し黙る気配がした。
「私は……おじいさまを、尊敬していました。最後に一言だけでも、お話したかった。あの人の魔法なら、それができたはずなのに、なのに……!」
秘書子さんらしくない、感情的な口調だった。
気持ちはわかる。
死に目に会いたい、という気持ちも。最後に少しだけでも話したい、という気持ちも。
おじいさんが好きだった秘書子さんのその気持ちと憤りは、抱いて当然のものだ。
死んだ人間は、本当は生き返らない。
人の命は、簡単には戻らない。
だから「そんな理由で死霊術師さんを恨むのはおかしい」とか「人の命は本来、取り返しのつくものではない」とか。
もしかしたら、そんな風に彼女を諭して、言い聞かせるのが、本当は正解なのかもしれない。
だけど、おれは世界を救った勇者ではあっても、人様に倫理を説くようなえらい人ではないので。
なによりも、死霊術師さんのそんな魔法を、一番近くで、誰よりも便利に使い潰してきた人間なので。
「じゃあきっと、何か理由があったんですね」
あっけらかんとそう言い切った。
押し黙る、というよりも、唖然としたような間があった。
秘書子さんの沸騰するような怒りの熱が、すっと冷めたのがわかった。
「理由が、あった……?」
「はい。だって死霊術師さん、やさしいでしょ? おじいさんを生き返らせることができたなら、絶対にそうしてますよ」
死霊術師さんの命の価値観は、とても歪んでいる。
敵として命のやり取りをしていた頃は、その異常性ばかりが際立って感じられたが、いざ仲間になってみると、死霊術師さんはわりと普通の人だった。
「……どうして、勇者様はそんな風に言い切れるんですか?」
「どうしてっていうと、まぁ……」
夕飯の肉が硬いと文句を言うし
宿のベッドが固いと文句を言うし。
街で泣いてる子どもがいたら、膝を折って話しかけるし。
見ず知らずの死体が転がっていたら、捨て猫をひろうみたいに適当に蘇生していくし。
「そういう人だと、知っているから?」
言い切れる程度には、一緒に旅をしてきた。
はじまりは裏切りだったけど、信じて、頼って、背中を預けてきた。
だから、おれが死霊術師さんを信頼しないのは、嘘だ。
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