とある死霊術師の追憶③
「仮に、だ。オレになんかすげえ悲しい過去があったとして、その過去を精算するために運び屋をやっているとしよう」
「悲しい過去あるんですか?」
「三日前に賭場で稼ぎを半分スッた」
「直近じゃないですか。あとべつにそれただの自業自得でしょう」
「……ともかく、だ。一緒に仕事をやる相手の、そんな細けえ事情なんか、どうでもいいんだよ。お前さん、果物屋でリンゴを買う時、その店のオヤジの人生にまで思いを馳せたりするか? しねえだろ?」
「まあ、たしかに……」
「でも、その店で買ったリンゴがめちゃくちゃ美味かったら……その日は多分、少しだけ良い日になるよな?」
アルカウスの目が、やさしく笑う。
「仕事ってのは、明日を生きるためにやるもんだ。そこにある本質は、自分のために金を稼ぐことだ」
明日を生きようとは思わない。死にたがりの死霊術師に向けて、老人は淡々と言葉を紡ぐ。
「でも、自分のためにやってることが、回り回って誰かのためになるんなら、そんなに嬉しいこともねぇだろう?」
やってきたことから、目を背けるために魔法を使う。罪の意識から逃れようとする死霊術師に向けて、老人は続けて言葉を紡ぐ。
「ほら、見てみろ」
ちょいちょい、と。
くゆる煙を挟む指先が、前を指す。
「お前さんの、今日の仕事の成果だ」
促された方向に目をやると、リリアミラが魔法によって蘇生した騎士たちが、一礼をしていた。
騎士たちだけではない。装備を整え直す冒険者たちは、陽気に肩を叩き合っている。それまでずっと働き詰めだった医療魔術士たちは、ようやく休める時間ができて、肩を寄せ合って眠っている。
失われたはずの命たちが、生きている今。リリアミラの魔法がなければ、あり得なかった光景だった。
「オレはお前さんを運んだ。お前さんは自分の魔法を使った。互いに、良い仕事をした。その結果、数え切れないくらい、たくさんの命が救えた。誇らしいことじゃねぇか」
それは、慰めの言葉ではない。
ただ単純に、結果を羅列して、述べているだけ。
「オレぁ、運び屋だからよ。井戸が枯れた村に、水を届けに行ったことがある。流行り病が広がった村に、特効薬を運んだこともある。オレはギャンブルやるために金を稼いでるクズ人間だが……それでも、誰かのために仕事ができたら、やっぱり気持ちが良いもんだ。そういう仕事をやったあとに、こうやって吸うタバコが、一番美味い」
そろそろ、朝日が登る。
地平線の先に。
眩しそうに目を細めて、老人は言った。
「オレは今日、人生で一番良い仕事ができた。ありがとよ、お嬢さん」
それは、慰めの言葉ではなかった。
四十年。手綱を握ってきたベテランの運び屋が、一人の死霊術師に向ける、感謝の言葉だった。
「……やっぱり、おじさまはずるいです」
「そうかい?」
「……ええ。殺し文句ですもの」
償えるとは、思っていなかった。
アルカウスが言った通り、自分がやってきたことは何も変わらない。何一つとして、なかったことにはできない。
これから先も背負い続けて、やがて自分の命では償いきれないそれを償って終わることになるのだろう、と。リリアミラは、漠然とそう思って自分の魔法を使ってきた。
それでも、いつかくる終わりのその日まで、自分が明日を生きるために。誰かを幸せにできる何かが、あるのだとしたら。
「……かーっ。やっぱ徹夜明けの朝日は、ジジイの目には染みるぜ」
まるで、年頃の娘のように。泣きじゃくるリリアミラが泣き止むまで、老人は知らんぷりでタバコをふかしていた。
「さて。ペガサス号には無理をさせたから、ここに預けていく。帰りはこのユニコーン号だ」
「角もないのに!?」
絶叫するリリアミラを、アルカウスはまた淡々と簀巻きにして後ろに載せた。帰り道も荷物扱いは変わらないらしい。過酷極まる往復である。
しかし、リリアミラはくすりと笑って、アルカウスに言った。
「おじさま」
「なんだ?」
「一つ、お願いがあります」
「すまねえがいくらお願いされても、乗り心地は変わらねえぞ?」
「いえ、そうではなく」
──ミラさんって世界救ったあと何するの?
「もしもわたくしが世界を救って帰ってきたら。その時は、わたくしに運び屋のお仕事を教えて下さいませんか?」
「おいおい。知ってるぜ。そういうの、死亡フラグっていうんだろ?」
「あらあら……それこそ、無用な心配ですわね」
にっこりと笑顔を浮かべて、リリアミラは言い切ってみせた。
「わたくし、不死身ですから」
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