勇者と秘書子さん

「なんか……すごい寒気がする」


 具体的には、背後からめちゃくちゃ鋭利な刃物で刺されるような悪寒を感じる。

 もしかして騎士ちゃんとか賢者ちゃん来てる?

 いや、さすがにそれはないよな……ないと信じたい、うん。


「服を着ていないからでは?」


 体を震わせるおれに対して、秘書子さんは冷たく言い放った。

 肩に抱えられた状態で的確なツッコミをしてくるとは、なかなかやる。伊達に全身クソボケ人間である死霊術師さんの秘書を務めてきたわけではないようだ。ツッコミスキルが高い。


「大丈夫かい親友? 服はちゃんと着た方がいいよ」

「お前も半裸なんだよ。ていうかなんで上脱いでるの? いつ脱いだの?」

「キミが裸だったからに決まっているだろう! ペアルックというやつだね!」

「お前腐っても作家だろ。ペアルックの意味辞書で引いてこいよ」


 野郎二人がパンツ一丁で並んで走るのをペアルックと表現し始めたらこの世の終わりだと思う。


「あとおれはパンツ履いてるから。裸じゃないから。そこんところよろしく」

「似たようなものだと思いますよ」


 さっきから肩に抱えている秘書子さんのチクチク言葉が痛い。

 上は服を着ていないので言葉の針がおれの繊細なハートにとてもよく刺さる。ちくしょう。

 じっとりした目でこちらを見る秘書子さんは、これ見よがしに溜息を吐いた。


「まったく……私はサジを迎えに来ただけなのに、どうしてこんなことに……」

「サジ?」

「あ」


 しまった、みたいな顔で自分の口を塞ぐ秘書子さん。だが、もう遅い。おれが名前を聞くことができた、という時点で、それが人間の名前ではないことの証明になってしまっている。

 わりと軽率に口を滑らせているあたり、どうやらこの秘書子さん、ツッコミ属性だけでなくドジっ子属性も持ち合わせているらしい。


 しかし勇者よ、安心しろ。オレの好みはメガネが似合う理知的で賢そうで少し性格がキツそうなお姉さんタイプだ。


「……あぁ」

「なんですかそのめちゃくちゃ納得がいった、みたいな顔は」

「秘書子さんやっぱりメガネかけた方がいいと思いますよ」

「だからなんなんですか!?」


 まあ、サジタリウスとこの人が繋がっていた可能性は、もはやわかりきっていた事実である。今さら驚くことでもない。


「まあ、さっきも言いましたけど。どうしてこんなことをしたのか、観念して話してくれませんかね?」

「説明することなど、何もありませんよ。あの時、申し上げた通りです。私の目的は、最初から唯一つ。社長が積み上げてきた社会的地位を殺すことです」

「だからといっておれと死霊術師さんの熱愛報道とかする必要ありませんよね!?」


 死霊術師さんを社会的に殺す過程で、ついでみたいにおれを殺そうとするのは本当にやめてほしい。死んでしまう。

 しかし、おれの言葉に対して、秘書子さんはしれっと首を傾げて言った。


「え? でも、社長は勇者様のことが大好きでしょう?」


 クールビューティー極まる、面構えで。

 あまりにもあっけらかんとそんなことを言われてしまったので、今度はおれの方が押し黙ってしまう番だった。


「社長はこれまで自分の心血を注いで、会社を大きくしてきました。しかし、それと同じくらい……いえ間違いなくそれ以上に、社長の心の中には、勇者様。あなたがいます」

「なんでそんな風に言い切れるんですか?」

「言い切れますとも。勇者様が社長と一緒に世界を救ってきたように、私は一年以上、社長の一番近くで仕事をしてきましたから」


 またもや自信満々に言い切られてしまった。

 おれに抱えられながら、秘書子さんは「はぁ」とかなりデカい溜息を吐く。


「だから、社長が大人しく騎士団に捕まらなかった時点で、私は計画を切り替えたのです。社長から会社を奪うために、社長が会社よりも大好きな勇者様を利用する『ラブラブ駆け落ち大作戦』に……!」


 なんて? 


「大好きな勇者様との外堀りを埋めて差し上げれば、結婚という人生の墓場に社長を叩き込むことができる、と。そう思っていたのですが……」

「それ本気で言ってます?」

「はい? 私は常に本気です。計画において手を抜いたことはありません」


 やはりきりっとした顔で、秘書子さんは言い切った。

 なんだろう。おれはこの人のことを有能な策士だと思い込んでいたのだけれど、わりと真面目にアホをやるクソボケである疑惑が浮上してきた。こんなことある? 


「大人しく駆け落ちして社会的地位を失って二人仲良く幸せに生きてくださればそれでよかったのに……まったく、勇者さまは社長の何が不満だというのですか? 同性の私から見ても社長はかなり魅力的な女性ですよ? たしかに経済的な魅力は私が全て奪い去ってしまいましたが、元は貴族のご令嬢ということですし、家庭に入られてもとても良い奥さんになると思いますが?」

「まってまってまって」


 おれが質問する側だったはずなのに、完全におれが問い詰められる側に回ってしまっている。明らかにおかしい。おかしくない? 


「勇者様は胸が大きくて髪が長い女性が好みだと聞き及んでおります。ビジュアル的な面で言っても社長は完璧に条件を満たしていると考えます。一体、社長の何がご不満なのですか? さっさとくっついていただきたいのですが」

「いやいやいや、たしかに死霊術師さんは魅力的な女性だけれども! そういうことじゃなくて!」

「勇者様がそういう煮えきらない態度のままだから、社長は……」

「わっはっは! 抱えている女性に説教を食らうとは! おもしろすぎるね親友!」

「お前まじで黙ってろ」


 隣で爆笑してるイケメンのケツを蹴り飛ばしながら、おれは頭を抱えたくなった。秘書子さんの肩に抱えているので、今のおれは頭を抱えることすらできないのである。まったく困ったものだ。


「秘書さんの言いたいことは……まあ、わかりました。目的も、やりたいことも、わからなくはありません」


 ただし、それでも残る、疑問が一つ。


「こんな回りくどいことをしてまで……いや、こんな回りくどいことをしてでも、死霊術師さんから会社を奪おうとした理由はなんですか?」

「……以前、勇者様にはお話したと思いますが。私の祖父は運送会社を経営しておりました」


 祖父が亡くなって潰れてしまった会社の設備や人員を引き取り、立て直してくださったのが、社長なのです。同時に、社名を改めながらも、前社長の孫娘だった私のことを、秘書としてひろってくださいました。今はこうして、社長のお側で様々な経験を積ませていただいております


 たしかに。秘書子さんはそう言っていた。


「私は、社長が好きです」


 煮え切らないおれとは、正反対に。

 秘書子さんは真っ直ぐに、おれに向けてそう言った。


「恩があります。人柄を好いています。ですが、同時に……私は社長のことを、とても恨んでおります。ただ一点……社長が我が物顔で、今の会社を経営していること。それだけは、許せません」


 おれの肩を掴む手のひらが。

 ぎゅっと、その感情を顕にするように、引き絞られる。


「社長は、おじいさまを……私の祖父を、見殺しにしたからです」


 絞り出すような、その声に。

 ようやく少しだけ、彼女の本音が覗けた気がした。

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