最強の援軍

 魔法の模倣。

 それは言うなれば、最強のコピー能力。

 トリンキュロ・リムリリィの心は、既に取り返しのつかないほどに繰り返した模倣によって、気ままに針を通したパッチワークのように編み上げられている。

 魔法とは、使い手の心を表すもの。

 その最上級悪魔は、己の魔法を誰よりも悪辣に用いて、誰よりも多くの魔法使いの心に触れることで、最後には誰よりも多くの魔法を我が物としてきた。

 そう。単純な魔法の総数だけで言えば。

 『麟赫鳳嘴ベル・メリオ』によって模倣された魔の数は、世界を救った勇者の『黒己伏霊ジン・メラン』すら凌駕する。

 心に触れ、心を模倣し、心を愛する。

 それが、魔王軍四天王第一位。

 それが、トリンキュロ・リムリリィである。


「アニマ・イミテーション」


 トリンキュロの『麟赫鳳嘴ベル・メリオ』に、限界は存在しない。

 組み合わせも、取捨選択も、全てが変幻自在である。


「『自分可手アクロハンズ』」


 トリンキュロが触れたスロットマシーンが一瞬で『形成』される。

 子どもが、砂場で団子を捏ねるような気安さで鉄の塊が、弾丸の形を取る。


「『我武修羅アルマアスラ』」


 形成された弾丸が『強化』される。

 刀鍛冶が己の自慢の腕で鍛え上げたように、歪な弾丸が黒鉄色に輝く。


「『蜂天画戟アピスビーネ』」


 形成され、強化された弾丸が『回転』を開始する。

 純粋な破壊力を突き詰めるため、目標を貫くために必要な運動エネルギーが弾丸に付与される。


「『猪突猛真ファングヴァイン』」


 形成され、強化され、回転する弾丸が『突貫』する。

 それは間違いなく、全身甲冑の姫騎士の体に、風穴を穿つだけの威力を持っていた。

 幾重にも重ねた魔法が、一発の砲弾となって、撃ち放たれる。


「……シャナぁ!」

「ちっ……わかっています」


 アリアの回復は、まだ完了していない。

 姫騎士は、腕の一本を犠牲にしてでもそれを迎え撃とうと、二振りの大剣を構えた。

 賢者は、己の何人かを犠牲にしてでもそれを止めようと、魔導陣を展開した。

 そして、




「おいおい。そりゃダメでしょ」



 割って入った一人の剣士が、それを斬るために己の剣を鞘から引き抜いた。

 トリンキュロ・リムリリィの攻撃は、その一つ一つが、絶望に等しい。

 しかし、そんな絶望を切り裂くために、蒼の斬撃は存在する。

 故に、身勝手な欲望に塗れたトリンキュロの一撃が『断絶』されるのは、必然だった。


「は?」


 戦闘を開始して、はじめて。

 トリンキュロ・リムリリィの表情が大きく歪む、予想外の乱入者が現れる。


「ねえねえ、アリア」


 遅れてやってきた脳天気な声が、いやに耳に響いて。

 どうせ、お手洗いに行っている間にこの人は道に迷っていたんだろうな、と。

 アリアは、口の中の血の味を噛み締めながら答えた。


「……なんですか、先輩」

「アレ斬ったらワタシも勇者になれる?」

「いや、勇者になれるかは知りませんけど……」


 どう答えたものか。

 ダメージを負いながらも、アリア・リナージュ・アイアラスの冷静な思考は、心強い援軍への最適解を導き出した。


「ああ、でも……アレを斬ったら、勇者くんがとっても褒めてくれると思いますよ」

「よし斬ろう」


 首元のネクタイを指先で緩めて。

 刀の峰を、肩に軽く載せて。

 王国最高の剣士は、サングラスを放り捨てた。

 左右で色の違う瞳が、四天王の第一位を見据える。

 恐怖はない。怯えもない。

 ただ純粋に、斬るべき獲物として、邪悪を見据える。


「こまったな。知らない顔だ」


 トリンキュロ・リムリリィは、問いかける。


「誰だよおまえ」

「ワタシ? ワタシは、王都第三騎士団団長……いや、違うな」


 ぽりぽり、と。

 頬をかきながら、イト・ユリシーズは簡潔に答えた。


「元勇者」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る