魔王軍・四天王第一位

 レオ・リーオナインは、勇者に告げる。


「資金の調達、という意味では、これほどお誂え向きな場所もない。ヤツは、キミが魔王を倒したあとも、淡々と牙を研ぎ続けてきた」


 サジタリウス・ツヴォルフは、武闘家に告げる。


「魔王を倒し、世界を救ったあと。勇者パーティーの中で、経済的に最も成功を収めたのは、リリアミラ・ギルデンスターンだ。ヤツは、同じ四天王として裏切り者が許せないのだろう」


 整った顔を、歪めながら、


「「このカジノの主は、かつての魔王軍四天王第一位……トリンキュロ・リムリリィだ」」


 彼らはその名を吐き捨てる。



 ◇



 四天王第一位。トリンキュロ・リムリリィは静かな歓喜に打ち震えていた。

 目が焼けるような赤色の髪に、幼さの残るやわらかい赤色の瞳。起伏に富みつつも丸みを帯びた、肉付きの良い身体。

 見た目も、印象も、何もかもが、かつて仕えた自分の主とは違う。


「ひさしぶり。でも、はじめまして。ボクの魔王様」


 それでもなお、この少女は魔王であると。

 トリンキュロの心のすべてが、体の内から沸き上がる歓喜を高らかに肯定していた。


「わ、わたしは……魔王じゃ、ありません」


 少女の口から紡がれたのは、否定の言葉だった。

 赤色の瞳の目尻には、うっすらと涙が浮かび始めている。


「大丈夫」


 もしかしたら、こわがらせてしまったかもしれない。それは、トリンキュロの本意ではない。

 自分よりも大きな少女の体に、己の小さな体を絡みつかせながら、トリンキュロは少女の体温を余さず味わうために、強く強く抱き締めた。


「ひっ……」

「安心して」


 昔とは違う、抱き締めた時の感触。

 でも、大丈夫だ。

 人間の本質は、肉体ではない。内に秘めた、心にある。

 だから、何の問題もない。


「キミはボクのことを忘れているみたいだけれど、ボクはキミのことをよく覚えている。だからまずは、お互いのことを思い出すことからはじめよう」


 手のひらを赤い髪に絡める。


「ところでこれは、本当に純粋な興味から出るくだらない質問なんだけど……勇者と、接吻はした?」

「な、なんでそんなこと!?」


 一瞬で朱色に染まる頬。強張る身体。嫌悪を滲ませた、反駁の声。それらすべてが、狂おしいほどに愛おしい。


「ああ、よかったぁ……」


 トリンキュロは、嬉しかった。

 人の本質は、心だ。

 肉体なんて、どうでもいい。

 けれども、それはそれとして。

 自分よりも先に、この新しい魔王の身体を、勇者に汚されるのは我慢ならない。

 なので、先に自分が汚しておこう。

 会って早々。無理矢理に、というのは趣味ではないけれど。

 まあ、仕方ない。


「やっ……いや!」


 泣き顔も、意外と唆る。

 新しい発見ができて、トリンキュロはとても嬉しくなった。



「それじゃあ、いただきます」



 初恋の人に、はじめてを捧げるように。

 静かに目を閉じたトリンキュロは、唇の触れ合う感触を、全身全霊で味わおうとして、



「離れろ。ウジ虫」



 そうして次の瞬間には、トリンキュロ・リムリリィの細い首筋は、振るわれた大剣によって一撃で切断されていた。

 ずるん、と。生首が、宙を舞う。次いで、頭部を失って力が抜けた体が、大剣の背で吹き飛ばされる。

 トドメとばかりに、追撃の魔術が生首と泣き別れした胴体に降り注ぎ、スロットコーナーの一角を火の海に変えた。


「き、騎士さん……! 賢者さん!」

「赤髪ちゃん! しっかり!」

「……最悪ですね、まったく。この世で最も会いたくない存在と、こんなところで再会することになるなんて」


 世界を救った騎士と賢者は、唇を奪われかけた少女を守るように。大剣と杖、各々の武器を構えた。

 助けに入るのが間に合った。

 不意打ちも、成功した。

 しかし、そんな事実は、あのバケモノの前には、欠片ほどの意味もない。


「ひどいなぁ。首が取れちゃったじゃないか」


 吹き飛ばされた先。

 落とされた首を自分できちんと拾い上げて、トリンキュロ・リムリリィは起き上がる。

 首を落としたから死ぬ?

 あり得ない。そんな常識で、あのバケモノの身体は動いていない。

 魔術を叩き込めば死ぬ?

 笑えもしない。百の神秘を揃えたところで、あの魔を祓うことは不可能に近い。


「騎士さん、賢者さん……アレは、誰ですか?」


 震える声で、魔王だった少女は問う。

 シャナ・グランプレは、かつての宿敵を見据えたまま、その問いに答えた。


「……アレは、魔王軍四天王、第一位。トリンキュロ・リムリリィ。魔王の下で、魔王を上回る暴虐を尽くした、最上級悪魔の一柱です」

「なるべく、後ろに下がっててね。赤髪ちゃん。情けないことを言うけど、ちゃんと守ってあげられる自信がないんだ」


 アリア・リナージュ・アイアラスは、静かに一つの事実を告げる。


「あたしとシャナは……アレに、殺されたことがあるから」


 世界を救った勇者のパーティーは、常に勝ち続けてきたわけではない。その道程は、むしろ敗北に塗れている。

 四天王第四位、アリエス・フィアーには情報の駆け引きで常に欺かれ続け、遂に直接の勝利を収めることはできなかった。

 四天王第三位、ゼアート・グリンクレイヴには軍団としても個人としても、戦略と能力の双方で上を行かれた。敗北の結果、勇者は腕を奪われ、再起までに決して少なくない時間を要した。

 四天王第二位、リリアミラ・ギルデンスターンを殺すことは結局のところ一度たりとも叶わず、仲間として引き入れることで一応の解決を得た。

 そして、四天王第一位、トリンキュロ・リムリリィは……最も多く、世界を救ったパーティーを殺害した、最悪の宿敵である。


「ボクと魔王様の、感動の再会とファーストキスの邪魔をするなよ」


 最強の四天王。

 世界を救った、最高の賢者と騎士。

 魔王の没後、約二年。歓楽と遊戯の街、リリンベラにて。

 世界を救う戦いの、延長戦が始まろうとしていた。

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