心を撃ち抜く射手
王都第五騎士団団長、レオ・リーオナインは、世界を救った勇者に踏まれていた。
具体的には、蹴り倒された上で、頭の後ろをぐりぐりされていた。
「なんでここにいるのか説明しろ。バカ」
とても不機嫌そうな表情で、勇者はレオを見下ろして問いかける。それはある意味、苛立ちと驚きを隠す必要がない、親友への気安さの証明でもあった。
「はっはっは! もちろん説明しよう、親友!」
対して、レオは踏まれていても上機嫌であった。むしろ、踏まれて喜んでいるまである。
賢者に踏まれて喜んでいたどこぞのメガネの第四騎士団長といい、もしかして騎士団長って全員マゾなのかな……と。勇者はすごくどうでもいいことを思った。
「実はボクたちも前々からこのカジノはキナ臭いと思っていてね! 最上級悪魔がオーナーとして関わっているという情報があったんだ。最上級の相手ともなれば、さすがにそんじょそこらの騎士には務まらない! そこで騎士団長であるこのボクがカジノに先んじて潜入し、情報の真偽を探ることになったのさ。的確な調査で悪魔の居所を突き止めたボクは、最上級悪魔の一体を発見! 誇りを賭けたゲームに挑み、あと一歩のところで敗れてしまったというわけだね!」
「なるほど。だめじゃねえか」
滑らかで淀みない説明だった。
ものすごく爽やかな表情で己の敗北を自己申告するレオに、勇者はこれ以上なく呆れた目を向けた。
「おっと、そんな目でボクを見ないでくれ親友」
「うるせえよ。おれは時々、こんなアホが親友でいいのか疑問に思うことがあるわ」
「何を言うんだ親友! ボクたちは、サジタリウスによって人に暴力を振るえない呪いを浴びている! しかし、キミは今、こうしてボクを足蹴にしている! つまりこれは、ボクたちの親愛の証明に他ならない!」
「やかましいわ」
本当にああ言えばこう言う男である。
「大体、それを言うならキミだってサジタリウスにボコボコにされたんじゃないのかい? 服も脱げているし!」
「……」
「はっはっは。無言のままぐりぐりしないでくれ親友。パンツは守り切っただけえらいと思うよ? ああ、やめてくれ。首がもげそうだ……!」
地面に這いつくばったまま、あくまでもポジティブに、レオは反論する。
こいつと口喧嘩してもおれが大体負けるんだよなぁ……と。勇者は少しげんなりとした。世界を救った勇者を口先だけで萎れさせることができるのが、レオ・リーオナインである。
「とはいえ、キミが来てくれて助かったよ。見ての通り、ここからどう脱出するか考えあぐねていたんだ。ボク一人では、どうにも手が足りなくてね。世界を救った勇者殿が助力してくれるなら、これほどありがたいことはない!」
「……たしかにサジタリウスは違う意味で強かったけど、お前がそこまで言うほどか?」
思わず聞き返した勇者に、今度はレオの表情が怪訝なものに変わる。
「おいおい、親友。ボクの実力を高くかってくれるのは嬉しいけどね。いくらボクでも、最上級二体の相手は骨が折れるよ」
「……二体?」
◇
勇者が地下に落ちて強制労働とアホな親友への対応に追われている頃。
「おお……勇者が、落ちた」
「フフ……弟子が心配か?」
「心配? べつに、心配はしてない。わたしも、ばぁん、って落ちてみたい」
「ククク……おもしれー幼女」
サジタリウスとムムは、ゲームを続行していた。
すでにムムの手元にはカードが四枚。対して、サジタリウスの手元には三枚。二枚の同時先取をやってのけたムムに、サジタリウスはどう足掻いても追いつけない。
そして、リードをキープしたまま、次はムムのターンである。
「イケメン」
「フフ……如何にも、オレはイケメンだが」
「一つ、質問。イケメンは、どうしてゲームが好きなの?」
「ククク……え、オレの呼び方それでいくのか?」
ムムの雑な命名に少し冷や汗を浮かべつつも「まあ、いいか」とイケメンらしい広い心で己を納得させたサジタリウスは、場に防御側のカードを二枚、セットした。
「ゲームは素晴らしい。人間が生み出した最も価値のある遊戯の一つだ。テーブルを挟んで向かい合った瞬間から、立場も地位も人種も種族も、すべてを忘れて興じることができる。この言葉はそのまま、オレの友人の受け売りだが……しかし、オレもそう思う」
「ふむ」
短く頷いて、ムムは言った。
「その人は、人間?」
「……ああ。人間だ。アルカウス・グランツ。オレの唯一の、人間の友だ」
ムムは、そのファミリーネームが死霊術師を追い落とした自称敏腕秘書……ルナローゼと同じものであることを知らない。
もしも仮に。勇者がこの場にいたとしても、名前を聞くことすらできない勇者が、サジタリウスとルナローゼの繋がりを推し量ることはできない。
故に、何も知らないムムは、素直に己の感じたままを口にした。
「良い出会いが、あったと見える」
「ありがとう。友への賛美は、オレ自身への賞賛よりもうれしい」
サジタリウスも、素直にその言葉を受け止める。
互いに負けられない勝負をしているはずなのに、ムムとサジタリウスの間には、奇妙な繋がりのようなものが芽生え始めていて。
あるいはそれこそが、サジタリウスの語る「ゲームの素晴らしさ」なのかもしれない、とムムは思った。
「サジタリウス様」
「なんだ。今、良いところだ。邪魔はしてくれるなよ」
「いえ、それが……ルナローゼ様が、リリンベラに入られた、と。報告が」
「……なん、だと?」
魔導陣の結界の外。そこに控えていた黒服からの報告に、サジタリウスの表情は劇的に変化した。
具体的には、冷や汗をだらだらと流して追い詰められている様子に。
「ば、馬鹿な……なぜ、オレがここにいることがバレた?」
「その……非常に申し上げにくいのですが、これだけ足繁く通われていたら、居場所を突き止められるのは簡単かと」
「ククク……まずいな。ルナのヤツめ。お説教しに来たに違いない。このままでは、お金を返せと言われて小言の二時間フルコースだ。これは本当にまずい」
「サジタリウス様……非常に申し上げにくいのですが、サジタリウス様はカジノで稼いだご自分の資産がありますし、わざわざルナローゼ様から金を借りる必要はないのでは?」
「フフ……馬鹿か貴様は。女から借りた金でするギャンブルでしか、得られない栄養素があるだろう」
やっぱりこいつ顔が良いだけのただのクズかもしれないな、とムムは良い方向に傾きかけていた最上級悪魔への認識を改め直した。
「ククク……すまないな、幼女よ。少し、勝負を急ぐ必要が出てきた」
「構わない。どうせ、わたしが勝つ」
「その意気は良し。だが、そう簡単にはいかない。このターンの防御は成功する。なぜなら、貴様はこれからオレが伏せた2のカードをオープンするからだ」
「そういうブラフは、わたしには効かない」
ムムは淡々と、指先をカードに伸ばす。
サジタリウスの表情を、ムムは完璧に読み切っている。読み逃すことはない。
「言葉は、人の心を射抜く矢のようなもの。盤上で、心理戦を仕掛けてくる、その意気は買う。でも、わたしはそんなものに、惑わされない」
そうして、迷わずに右のカードを開いたムムは、そのまま動きを止めた。
自身の魔法を使ったわけではない。
ただ、純粋な驚きから、動きを止めた。
開かれたカードは『ハートの2』。
それは悪魔の言葉通りだった。
「ククク……貴様の言うとおりだ、幼女よ」
完璧に読み切っていたはずの表情。
整った顔立ちに笑みを浮かべたまま、サジタリウスは語る。
「言葉とは、人の心を穿つ矢。そして、心の想像に形を与える呪いでもある。だが、オレの言葉は人の心だけでなく、万物すべてを射貫く、形のない魔法の矢だ」
読んだ、読めなかった。
そういう、駆け引きの話ではない。
「物に憑き、心を突く。オレの『
魔法という奇跡は常に、そんな人間の小細工や積み重ねを、いとも簡単に超えていく。
目を細めて、ムムは問う。
「一つ、聞いていい?」
「なんなりと」
「そんな魔法を持っているなら、なぜ最初から使わなかった?」
「どうした、幼女よ。聡明な貴様が、随分とくだらない質問をするな」
悪魔は、好戦的な笑顔で言い切る。
「賭け事でこんな魔法を使ってしまったら、すぐに勝負がついてしまうからに決まっているだろう。運は、天に託し、己の手で引き寄せてこそおもしろい」
だが、と悪魔は言葉を繋いで、
「オレは、負けるわけにはいかない。オレの契約者を守るためにも、オレはゲームだけは、負けるわけにはいかないのだ。そういう約束を、このカジノのオーナーと交わしているからな」
「……オーナー? オーナーは、イケメンじゃないの?」
「……そうか。まだ言っていなかったな」
ようやく思い至った、といった様子で。
サジタリウスは、ムムに言った。
「このカジノに、オレは一人のギャンブラーとして遊びに来ているだけだ。オーナーをやっているヤツは、別にいる」
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