急造パーティーの珍道中

 勇者がひさびさに親友と再会を果たしていたのと、同時刻。

 リリンベラの入口で、カジノの入場を担当する受付嬢は、顔を引き攣らせていた。


「お、お客様……」

「はい」

「私の勘違いでしたら、誠に恐縮なのですが……シャナ・グランプレ様では?」

「はい。そうです」


 王国最高の魔導師。世界最高の賢者の名前を出すと、黒いパーティードレスの少女は、あまりにもあっさりとそれが自分であることを肯定した。

 この世のものとは思えない、天然の宝石を思わせる深い翠色の瞳。陶磁器のような白い肌と、輝く銀髪が、黒のドレスと素晴らしいコントラストを生んでいる。


「すごいすごい。さすが、世界を救った賢者さまは有名人だねえ」


 と、その後ろから賢者の護衛らしき女性が気安く肩を組んだ。

 黒のパンツスーツに、同じく黒のネクタイ。黒髪のショートボブに、黒のサングラスまでかけた、如何にもボディガードといった黒ずくめの出で立ち。スーツは、オーダーメイドなのだろうか。素人目にも、服の上から見て引き締まったしなやかな筋肉と身体のラインが見て取れる。

 そんな彼女に絡まれた賢者は、とても鬱陶しそうに息を吐いた。こんなに整った顔立ちの少女でも、ここまで表情が歪むことがあるのだな、と。新たな発見をした気持ちになる。


「離してください鬱陶しい。大体、どうして私だけドレスなんですか」

「だってほら、この中で一番ちっちゃいの、シャナちゃんだし。全員が黒スーツだと異様な集団になっちゃうじゃん?」

「好きじゃないんですよ。耳を出した格好で出歩くの」

「ええー。せっかくこんなにかわいいのに。ねえ? 受付のおねーさんもそう思いますよね?」

「え!? ええ、あ、はい! 本当によくお似合いだと思います!」


 まさか話を振られるとは思わなかったので、受付嬢は慌てて答えた。そして、絶句する。

 こちらの顔にも、見覚えがあったからだ。


「い、イト・ユリシーズ団長……? 第三騎士団の……?」

「おやおや。うれしいなぁ。シャナちゃんだけじゃなく、ワタシの名前までこんなきれいなおねーさんに知ってもらえてるなんて」


 黒髪のショートボブの合間から、ピアスが揺れる。ずらしたサングラスの先に見え隠れする瞳の色は左右非対称で、そのアンバランスさがひどく蠱惑的だった。


「おねーさん。ごめんだけど、ワタシたちのことは内緒でお願いしますね? ちょーっと、野暮用のお忍びで来てますので……」


 こんな美人がスーツ姿の男装で、人差し指を添えてウィンクをしてくるのは、反則以外の何ものでもない。

 受付嬢は、顔を赤らめたまま、こくこくと頷いた。


「ちょっと先輩。なに口説いてるんですか」

「口説いてないよー。かわいい受付のおねーさんに少しお願いしてただけだって」

「だめですよ。おねえさんが困ってるでしょう」


 するりと、後ろから金髪のポニーテールが顔を出して、あのイト・ユリシーズの頭を気安く叩く。騎士団長の頭を気軽に叩くなんて、と受付嬢は一瞬焦ったが、その三人目の登場はこれまでよりもさらに強烈だった。次こそは驚くまい、と構えていた心が崩れて、目が点になる。


「すいません。うちの先輩が、面倒な絡み方をしちゃって」

「あ、アリア・リナージュ・アイアラス姫殿下……?」

「あちゃあ……やっぱりマスクしててもバレるものはバレちゃいますね」


 と、黒のマスクを下げた下から、控えめに白い歯が覗く。世界を救った騎士とは思えない、可愛らしい笑顔だった。

 アリアは、イトと同様に黒のスーツ姿だったが、こちらは中にベストを着込んでおり、上着の前はラフに開いている。隣国の姫君がこんな格好で目の前に立っていること事態が信じられなかったが、しかし伸びた背筋と纏う雰囲気が、硬い服装と自然にマッチしていた。


「あの、すいません。ちょっと、お聞きしてもいいですか?」

「は、はい! 私なんかでお答えできることであれば!」


 最後にひょっこりと出てきたのは、見るも鮮やかな赤髪の少女だった。二つ結びにした赤色の髪が、よく目立つ。

 こちらの少女はサングラスやマスクといった顔を隠すものを見に付けておらず、その顔に見覚えもない。しかし、王室付の賢者と女性唯一の騎士団長と隣国の姫君と一緒にいるのだから、彼女も特別な人間であるに違いない。受付嬢は居住まいを正して、赤髪の少女に向き直った。


「では……」


 ごくり、と。

 唾を飲み込んで、その問いを待つ。



「この街のおいしいものを教えてください!」



 最後の一人だけ、ただの観光客みたいだった。


 ────勇者・死霊術師討伐パーティー、リリンベラに到着。

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