死霊術師さんの華麗なるデスゲーム
リリンベラの裏カジノに、ルールは存在しない。
弱肉強食。イカサマ上等。勝てば一生を遊んで暮らせるほどの大金が一瞬で転がり込んでくるが、弱ければ無様に死ぬだけ。この場所ではギャンブラーの命に、金以上の価値はない。
故に今夜も、賭場では勝者の高笑いが木霊する。
「ひゃーはっはははは! これでてめえのライフカウンターはゼロ! 敗北した分、10リットルの血液が体から抜き取られるぜぇ! これで終わりってわけだなぁ! ひゃははははは!」
「そ、そんな……そんなに血を抜かれるなんて、死んでしまいます!」
対面に座る女性の顔が青くなる。男は下品で低俗な笑みを、より一層深くした。
運営スタッフが、借金でもして首が回らなくなったのだろうか。対面に座る、黒髪のショートヘアがよく似合うバニーガールが今回の男の対戦相手であり、哀れな獲物の子兎だった。
特別な見どころがなければ招待されないこの『ブラックランク』まで勝ち上がってきたあたり、ただのビギナーズラックではないようだったが……しかし昨日今日賭場に入ってきたズブの素人が簡単に稼げるほど、リリンベラは甘い場所ではない。表には表の秩序があるように、裏には裏のルールがあるのだ。
二の腕まで大きく露出したバニーガールの衣装。陶器のような白い肌に突き刺さったチューブが、身体の中を巡る赤い血を吸い上げる。蠱惑的な唇から荒い息が漏れて、見開いた瞳からは真珠のような大粒の涙が溢れ落ちる。
「い、いや! いやですっ! 死にたくない! 死にたくないです!」
ブラッディ・フォーチュン。このゲームでは負ける度に、その敗北点に応じて、体内に刺したチューブから血液が抜き取られる。さらになによりも恐ろしいのは、どちらが勝者かを定める勝ち点……勝敗のラインが存在しないことだ。
死んだら負け。
そんなシンプル極まるルールのみが、このイカれた遊戯の終わりを明確に定めている。
「お願い! お願いです! 助けて! 助けてください! わたくし、なんでも! なんでもいたしますから! だから……!」
バニーガールの女が、泣き叫ぶ。声を絞り出して許しを請う度に、豊かに実った胸がその衣装からこぼれ落ちそうになる。しかし、いくらもがいたところで、足首を縛る鋼鉄の枷からは逃れることはできないし、彼も彼女を解放する気はなかった。
「わりぃな。お嬢さん。たしかにそのイイ身体は、とても抱き心地が良さそうだ。けどな……オレぁ、そういうとびっきりのイイ女が! 無駄に命を落としていく絶望に表情を歪めて泣き叫ぶのが! たまらなく好きなんだよなぁ!」
歯と舌を剥き出しにして、男は大笑する。
もう女は、泣き叫ぶ気力すらないようだった。ただ顔を伏せて、カタカタと肩を震わせるだけ。その震えもほんの短い時間で途切れて、血を抜かれきった女はすぐに動かなくなった。
「……はぁ。お楽しみタイムが終わっちまった。おい、ジャッジ。さっさと三分カウントしろ」
興奮も束の間。気の抜けたような息の吐き方をして、彼は周囲に控えている黒服に仕事を急かした。
ブラッディ・フォーチュンでは、対戦相手が動かなくなってから三分間が経過した場合に死亡と見なす。
勝者にとっては、甘美な余韻に浸る心地の良い時間だ。
懐に手を入れ、ポケットからライターとタバコを取り出した彼はそれに火を点けて、
「……んんっ! ふぅううう。血を抜かれて死ぬ、というのも久方ぶりですわね〜!」
「……は?」
そして、そのまま火が灯ったタバコを地面に取り落とした。
なんだこれは? どういうことだ?
男は、女から抜かれた血液が並々と満たされているタンクを見る。イカサマではない。ペナルティは正常に作動していた。間違いなく、血は抜かれている。
意識を失っただけ、というのも考えにくい。女の身体から抜き取られた血液の量は、間違いなく致死量だった。
そもそも、この女が意識を手放してから、自分がタバコに火を点けるまで。ほんの四秒ほどの時間しか経っていないではないか。
「おい待て……なんで生きてんだお前」
「生きてはいませんよ。ちゃんと一回死にました」
死にました?
何を言っているのだ、このイカれたバニーガールは。
「ジャッジ! おい、ジャッジ!」
「うふふ。普段は首をとばされたり、胴体が泣き別れになることがほとんどですので……ひさびさに良い死に方をすることができました。吸血皇に全身の血を吸われ尽くした時とは比べるまでもありませんが、たまには失血死というのも悪くありませんわね」
「おい! コイツ絶対ズルしてるって! おかしいって!」
「さて。このゲームの勝利条件は、相手プレイヤーが死んでゲームの継続が不可能になること、でしたわね? わたくしがまだピンピンしているということは、当然ゲーム続行ということでよろしくて?」
「ジャッジ! ジャッジー!」
しかし、いくら男が叫んでも、黒服のジャッジたちはその場から動く気配すら見せなかった。
それはつまり、彼の主張は一切認められず。目の前のイカれたバニーガールを対戦相手として、ゲームを続行することを意味する。
「あらあら。大丈夫ですか? わたくしと違って、全然まったく、これっぽっちも血を抜かれていないはずなのに、随分と顔色が良くないようですが?」
男は、女の顔を見る。
つい先ほどまで泣き叫んでいた、か弱い子兎の顔は、そこにはない。
「そんなに心配なさらないでください。先ほどは気持ちよく負けたおかげで、あなたが行っていたイカサマのタネと仕掛けはよくわかりました。なので、次からは純粋な真剣勝負です。きっと楽しく、心踊る良いゲームができると思いますよ?」
目の前のおもちゃを、これからどうやって壊そうか?
そんな残酷な想像に胸を膨らませる、嗜虐的な深い笑みだけが、そこにあった。
まずい。おかしい。このままだと、ヤバい。
男のギャンブラーとしての直観が、警告の音をかき鳴らしている。
血液ではなく全身から、水分が抜け落ちていっているのではないか、と。そんな錯覚に陥るほどに、顔面から冷や汗を流す男は、静かに頭を下げた。
「た……」
「た?」
「……助けて、ください」
「あらあら、まあまあ」
バニーガールという下品極まる服装であるはずなのに、口元に手をあてて笑う女の所作は、どこまでも美しく、気品に満ちていて。
「はい。では、次のゲームもよろしくお願いしますね」
そして、紡がれた言葉は、彼にとって死の宣告に等しかった。
「ち、ちがっ! 違う! オレは、オレは降参する!」
「ええ、違うでしょう? ゲームの前に頭を下げるのは、相手への礼を示す所作です。だって、はじめる前から降参してしまったら、ゲームは成立しませんもの」
お前の降参なんて認めてやらない、と。
女は、言外にそう言っていた。
こと、ここに至って、男はようやく理解する。
この女の笑みは、先ほどの自分と同じだ。
「申し訳ありません。わたくし、あなたさまとは違って、泣き叫んで許しを請う殿方に興奮する趣味はまったくないのですが……でも、やられたことをやり返すのは、きらいではないのです」
圧倒的優位に立つ、捕食者の微笑み。
「それでは、もう一勝負。お付き合いくださいませ」
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