勇者と悪魔の勘違い心理戦
「────決闘魔導陣」
その絡繰のタネが、淡々と語られる。
「お前も、よく知っているはずだ。貴様ら人類が、我々という悪魔を狩るために作り上げた、魔導結界の最高傑作」
白いスーツの、両手が広がる。
「安心しろ。タネも仕掛けもすべて明かすつもりだ。オレは、魔力を通して扱う、通常の魔術……それらのあらゆる行使を封じる代わりに、決闘魔導陣をこの身体に刻み、運用している」
はだけられた胸元には、煌々と輝く漆黒の紋章が浮かび上がっている。
おれは、思わず歯噛みをした。
甘く見ていた、という他ない。
おれの目の前に立つ化物は、人間が悪魔を狩るために作り上げたシステムを、あろうことか自分の体に刻み込み、利用していた。
弱いからこそ、非力だからこそ、人の知恵を悪辣に利用する。
その在り方は、正しく悪魔という他ない。
「フフ……最初に、ルールを説明しておこうか。この決闘魔導陣の中で厳守されるべき約束は、三つ。第一に、この決闘の場に囚われたものは、決着がつくまで外に出ることはできない。第二に、魔導陣の中における一切の暴力行為を禁じる」
指折り数えて、悪魔は嗤う。
「そして、第三に。この魔導陣の中で行われる決闘の勝敗は、遊戯において決するものとする」
サジタリウスは、悠々と腰を椅子に下ろした。
テーブルの上には、既に用意されたカードの束と、チップの山。
「さあ、勇者よ。ゲームをはじめよう」
「これから我々がプレイするゲームの名は『シュヴァリエ・デモン』。騎士が悪魔と契約して戦う、カードバトルだ。それぞれのプレイヤーはチップを賭け、手持ちのカードから攻撃と防御を選択。場に設置されたサークルにカードを配置し、攻防を行う。カードの種類は、五種類。ソード、シールド、アックス、ランス、そしてデビル。まず、ターンの進行についてだが──」
ぺらぺらぺら。
ゲームのルールを、楽しげに語りながら。
最上級悪魔、サジタリウス・ツヴォルフは、心の中で意地の悪い笑みを深くしていた。
(フフフ。どうだ、勇者よ。ルールを説明されても、ルールが全然わからんだろう!)
サジタリウスは、勇者と対決するにあたり、わざと複雑なゲームを選んだ。
人間という生き物は、どうしてもはじめて遊ぶゲームに慣れるまで、時間がかかる。
基本的な手番や順序を理解し、システムに秘められた戦略性を学び、それらを理解してはじめて、ようやくプレイヤー間の駆け引きというものは成立する。
だが、はじめて触れるゲームで、それを行うのは不可能に近い。
故に、サジタリウスは勇者を己の土俵に引き込んだ。
卑怯と言われるかもしれない。小汚いと罵られるかもしれない。
しかし、勝負事とは……常に勝負が始まる前から、その勝敗を左右する要素が散らばっているのだ。
「ククク……基本のルールはこんなところだ。さて、何か質問はあるか? わからないことがあれば、このオレが責任をもって解説しよう」
「いや、特にない」
「強がる必要はないぞ、勇者よ。ゲームは公平であってこそおもしろい。一方的な勝負になってはつまらんからな」
「必要ないって言ってんだろ。さっさとはじめよう」
「ほう」
虚勢を張っているにしても、大した強がりだ。
心の中で感心しながら、サジタリウスは最初の手札を引いた。
「では、ルール説明を兼ねて、先攻はオレが」
「いや、先攻はオレが貰う」
淡々とした、反論の言葉。
勇者の宣言に、サジタリウスは己の心臓がどきりと跳ねたことを自覚した。
(このゲームが基本的に先攻有利であることを見抜かれた?)
いや、そんなはずはない。ルールを一度聞いただけで、凡人がそこまでこのゲームを理解することは不可能に近い。
平静を装って、サジタリウスは勇者に譲るように手を差し出した。
「クク……いいだろう。先攻は貴様に譲ってやろう。では、まず……」
「俺のターン。先攻なのでチップのチャージはスキップ。ソードをメインにコール。サイドに2チャージしてアップキープ。これで、俺の手番は終了だ」
「な……」
己の表情に、驚愕の色が浮かんだことを、サジタリウスは自覚した。
早い。
あまりにも、迷いがない。
シャッフル。行動の宣言。
勇者のカード捌きには、一切の無駄がなかった。
まるで、長年このゲームに親しんできたかのような、熟練の手付き。鮮やかで洗練されたプレイング。
とても、はじめて遊ぶプレイヤーには見えない。
「どうした? サジタリウス。何か間違っているなら、指摘してくれ」
サジタリウスを、正面から見据えて。
余裕綽々といった表情で、勇者は試すように言った。
「……ククク。いや、間違いはない。お手本のような初手の動きだ」
「そりゃどうも」
前提が、間違っていた。
サジタリウスの、歴戦の勝負師としての直感が警告する。
この男は、普通ではない。
そう。相手は、世界を救った勇者だ。
たとえ自分のフィールドに引き込んだとしても、簡単に勝てる相手ではない。
認識を、改めなければなるまい。
はじめて触れるゲームの特性を、彼は一瞬で理解した。
世界を救った勇者は、盤上においても、強い。
「フフ……疼く。疼くぞ。ひさびさに、楽しいゲームになりそうだ」
なぜかやる気満々になってる最上級悪魔を見て、おれは内心で思った。
────どうしよう。ルール全然わかんねえ。
見慣れないカード。はじめて触るチップ。はじめて聞くルール。
質問があったら答えるぞ、と。サジタリウスは懇切丁寧に申し出てくれたが、正直なところ何がわからないのかもわからなかったので、質問すらできなかった。なんだこれ。ちょっと複雑すぎる。頼むから遊ぶならババ抜きとかにしてくれ。
それっぽくプレイしてみたら上手くハマったみたいなのでそれはよかったけれど、正直何をどうしたらどう勝てるのかすらわかってない。
おれは頭脳労働は苦手なのだ。まじで勘弁してほしい。
「オレのターンだ。いくぞ、勇者。全力の勝負を楽しもうじゃないか!」
「……ああ。たまには、知略のせめぎ合いも悪くない」
とりあえずかっこいいセリフとポーカーフェイスで応じつつ、心の底からおれは思った。
────死霊術師さん。早く助けに来て
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