世界を救った勇者は囚われる

「たくさん稼げて最高ですわ〜!」


 今宵、リリンベラの裏カジノは、なんかもう大変なことになっていた。

 連戦連勝の死んでも死なないバニーガールが、デスゲームで片っ端から荒稼ぎを行っていたからである。

 血を抜かれても死なない。 

 電撃でも死なない。

 首を落とされても死なない。

 端的に言って、リリアミラ・ギルデンスターンは裏カジノで無双していた。

 やはりというべきか。資格がなければ立ち入ることができない賭博場は、金が湯水の如くやりとりされている代わりに、倫理観をどぶに吐き捨てたような有様であった。ギャンブラーの対決には観客席が設けられ、金を持て余している道楽貴族や成金商人たちが、ワイン片手に命をベットした勝負を楽しんでいる。

 しかし、命をチップに設定した勝負で、リリアミラに負けはない。不死の死霊術師にとって、命を賭けた勝負は無限の元手を準備して挑んでいるようなものである。


「しかし、楽しいことは楽しいのですが……さすがにちょっと、飽きてきましたわねぇ」


 ブラッディ・フォーチュンという血抜きゲームを終えて、リリアミラは呟きながら大きく伸びをする。

 賭けるのは自らの命。わかりやすいスリルを提供する、歪んだ道楽と汚れた欲望で押し固められたような空間。

 下品ではあるが、利用価値はあるし、肌には合っているのがなんとも困る。

 とはいえ、これから動くために必要な資金はもう十分過ぎるほどに稼いだし、そもそもリリアミラがこの裏カジノにやってきたのは、資金調達が主目的ではない。

 リリアミラがこの裏カジノにやってきた目的は、唯一つ。今回の一連の事件において、ルナローゼの背後にいる黒幕の存在を探るためだ。


「リリアミラ・ギルデンスターン。ひさしいな」


 なので、今までは雰囲気の異なる人間……ではないから名前を呼ばれたリリアミラは「ようやく来たか」と、内心で胸を撫で下ろした。


「ああ、よかった。このまま放置されていたら、どうしようかと思っておりました」

「ククク……賭場に魔術や魔法を持ち込むギャンブラーは少なくない。だが、死すらも超越する紫の魔法を、そのように大胆に使い潰す女は、貴様くらいのものだろうよ」


 白スーツに、赤いシャツ。整った容姿。

 見た目だけで個性の主張をしているかのような、伊達男。


「褒め言葉として有り難く頂戴しておきますわ。おひさしぶりですわね、サジタリウス」

「貴様も元気そうでなによりだ。ギルデンスターン」

「ダンジョンの前で殺された時以来でしょうか。あの時は随分不躾な挨拶をされましたが……トリンキュロの取り巻きからは卒業しましたの?」


 リリアミラの皮肉を込めた質問を、サジタリウスもまた鼻で笑った。


「ククク……勘違いするな。リムリリィとオレは協力関係にはあるが、仲間ではない。今回の一件も、オレの目的はヤツが目指しているものとは別にある」

「あら、そうですか。では、あなたは今、何をしているのでしょう?」

「主にヒモをやっている。女から借りた金をギャンブルで増やすのが基本的な仕事だ」

「それは仕事とは言いません」


 相変わらず変わっていないらしい悪魔に思わず突っ込んでしまう。こほん、と咳払いを一つして、リリアミラは空気を切り替えた。


「……やはり、ルナローゼの契約者はあなたでしたか」

「ああ。ルナローゼ・グランツが、現在のオレの守るべき女だ」


 最上級悪魔との契約。

 それは普通の人間にとっては、己の心を悪魔に売り渡したことを意味する。


「ローゼはわたくしの秘書です。あの子を誑かした上に、わたくしの会社を掠め取ろうとする暴挙……喧嘩を売っている、という認識でよろしくて?」

「見解の相違というやつだな。まず、ルナは貴様のものではなく、オレの女だ。そして、オレは彼女がやりたいことに力を貸しているだけに過ぎない」

「ヒモ悪魔がほざくようになりましたわね」


 かち、とリリアミラの奥歯が鳴る。

 臨戦態勢に入った死霊術師の様子を見て、しかし最上級悪魔に動揺の色はなかった。


「ギルデンスターン。オレが何の用意もなしに、貴様の前に現れると思うか?」


 パチン、とサジタリウスの指が鳴る。

 その音を合図に、大きな台車が一台。サジタリウスとリリアミラの間に割り込むように運び込まれ、中身を隠すために覆い被さっていた布が剥ぎ取られる。

 リリアミラは、息を呑む。

 それは、人が一人がなんとか入れるほどサイズしかない、小さな檻だった。

 そんな檻の中で囚われの身になっているにも関わらず、彼は冷たい鉄の床に腰を落ち着け、腕を組み、静かに目を閉じていた。

 その瞳が見開かれ、最上級悪魔を見据える。


「サジタリウス」

「なんだ、勇者よ」

「おれはまだ戦えるぞ」

「ククク。もうやめておけ勇者。さすがに脱げる服がない」

「いや、おれのパンツはきっとそれなりの値段で売れるはずだ」

「ククク。まじでやめておけ、勇者。お前がどうしてもと言うから、上着やシャツは許したが……そもそもオレがそんなことをしたくない。見るに耐えん」


 檻の中のパンツ一丁の人物が、リリアミラの方を見る。

 その瞳が、とても気まずそうに左右に泳ぐ。


「……助けて! 死霊術師さん!」


 世界を救った勇者は、ギャンブルで負けて身ぐるみを剥がされていた。

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