勇者VS最強の剣士

 正直なところ、最初から気乗りしない任務だな、とイト・ユリシーズは思っていた。

 提出された証拠は、たしかに証拠足り得るものではあったが、どうにもきな臭く。自分たちの会社の社長が、最上級悪魔と取引を行っている、などと。そんな密告をしてきたのが、社長に最も近しい位置にいた秘書だというのも、どうにも胡散臭い。きな臭さに胡散臭さまで乗っかるのだから、それはもう怪しさ満点だ。

 イトはリリアミラ・ギルデンスターンという女性をよく知っているわけではなかったし、彼女の全てを完璧に信用しているわけでもなかったが、それでも、一度は共に酒を酌み交わした仲である。いや、イトはあの日の記憶はほとんど吹っ飛んでいるので、酒を酌み交わしたらしい仲である、といった方が正確かもしれないのだが、それはさておき。

 とにかく、なるべくなら実力行使には出たくない、というのがイトの本音ではあった。

 だからイトは、明らかに実力を以て抵抗しようとしている後輩に、微妙な表情を向ける。


「自分が何をしているのか。理解できてないわけじゃないよね。後輩」

「いやぁ、すいません。ちょっと成り行きでこうなっちゃいまして。どうにか見逃してはいただけませんか。騎士団長殿」

「無理無理。それはできない相談だよ、勇者さま」


 仕事に私情を挟むつもりはさらさらないが。

 とはいえ、彼が他の女性を自分から庇って立っている現状に、思うところがないわけではない。

 勇者の肩越しに、リリアミラと目が合う。

 まるで、言葉にできないイトの葛藤を見透かしたように、薄く薄く、リリアミラは微笑んだ。


 かちん。


 少し、頭にきた。


「勇者くん。やっぱりその人、今からワタシに引き渡さない?」

「すいません。いくら先輩といえども、それはできない相談です」

「うんうん。そっかそっか。じゃあ、仕方ないね」

「そうですね。仕方ない」


 互いに、気の抜けるような、溜息が一つ。

 それと同時に、勇者は床から剣を拾い上げ、躊躇なくイトに切りかかった。

 速いな、と。イトはその動きの滑らかさに、目を見張る。

 しかし、驚きはない。

 むしろ、


「このワタシと、斬り合いをしようっての?」


 その選択に関しては、失望が先立つ。

 勇者がロングソードを振るう。

 イトが手刀を振るう。

 激突。そして、切断。

 それなりに頑強に作られているはずの白銀の刀身が、イトの『蒼牙之士 ザン・アズル』によってあっさりと真ん中から叩き折られた。


「うわぁ」


 その魔法の威力に引き攣った苦笑いを浮かべつつも、勇者は攻め手を緩めない。

 次に振るわれた細身の剣も、イトは魔法によって鞘ごと刀身を両断する。

 片方だけの瞳で、イトは勇者を呆れた目で見る。


「無駄だってわかんない?」


 勇者は飄々と答えた。


「無駄じゃありませんよ。少なくとも、外側の鞘だけ触れても中身の刀身ごと切られるってのは、わかりました」


 ぞわり、と。イトは背中の産毛が、逆立つような感覚を抱いた。

 彼の顔は笑っている。だが、彼の視線は、これっぽっちも笑っていない。

 分析、されている。

 世界を救った勇者が、自分を倒すために思考を巡らせている。

 そのプレッシャーは、生半可なものではない。


「なので、こっちにします」


 次の剣を引き抜いて、勇者は片手に剣を、片手に入れ物であった鞘を構えた。

 なるほど。たしかにこれならば、振るう度に武器を叩き折られたとしても、単純計算で二倍は持つ。


「でもそれ、なんの解決にもなってないよ?」


 イトの指摘に、勇者は答えない。

 一方的なチャンバラが、再開する。


(悪いけど、ワタシは先輩だからさ。かわいい後輩の狙いは、最初からお見通しなんだよね)


 勇者の勝利条件は、イトにこと。

 触れた時点で勝負を決することができる魔法を持っているのなら、身体的接触を目指すのは、魔法戦の鉄則だ。

 ただし、イトの『蒼牙之士 ザン・アズル』は、生半可な魔法効果なら、その概念ごと断絶する。


(多分、後輩が持っているのは触れた相手をハメて意識を落とすタイプの魔法。たとえ掛けられても、まあワタシなら斬ることはできるはず)


 しかし、イトに触れなければ勝てない勇者は、同時に、迂闊にイトに触れることができない、という矛盾を抱えている。イトの魔法が『断絶』である以上、考えなしの接触は致命傷に繋がりかねないからだ。


(そのために、ワタシの魔法の様子見も兼ねて、こんなことをしてるんだろうけど……ワタシ相手に近接戦したところで、長く保たないのは明白だし)


 そもそも、長く保たせる気もない。

 彼のことを、傷つけたくはないけれど。


(まあ、足の腱の一本や二本くらいは、許してもらおうかな)


 イトがそんな思考を巡らせている間にも、勇者の攻撃は途切れず、そしてそれらすべては徒労に終わろうとしていた。

 鞘を用いた変則的な二刀流であるにも関わらず、勇者の剣戟は苛烈そのものだ。繰り出される斬撃のすべてが、イトの防御の合間を、的確に縫っては突いて来る。

 しかし、たった一つの要素だけで、イト・ユリシーズは絶対の有利を保ち続ける。

 イトの手刀は、折れない。勇者の剣は、必ず折れる。

 すべてを切り裂く名刀の前では、対等な斬り合いは成立しない。

 たった十数秒の打ち合いで、イトは勇者が振るった九本の刀剣を、叩き折った。

 あるいは彼の手に魔剣があれば、まだ対等な勝負になったかもしれないが、借り物の武器しかないこの状況では、こんなものだ。

 残りの剣は、あと二本ほど。


「そろそろ武器が心もとないんじゃない!? 後輩っ!」

「いいえ。武器なら……まだあります!」


 勇者の上体が、がくんと下がる。

 その手が、守るべき対象であるはずの、死霊術師の足首を引っ掴む。


「あら……?」


 そして、勇者の英雄と呼ぶに相応しい膂力が、死霊術師の恵まれた肢体を、武器としてぶん回した。


「喰らえぇえええええ!」

「うわぁぁ!?」


 イトは、悲鳴をあげた。

 わりと、素に近い感じで。


「ぎぃやぁぁ!?」


 リリアミラも、悲鳴をあげた。

 身体を断ち切られる、断末魔に近い感じで。

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